レビュー

飽きることのない、絵画の庭

島貫泰介
2013/02/25
飽きることのない、絵画の庭

かれこれ4年間、ある美術雑誌で若手アーティストにインタビューする連載を続けている。自分の芸術の方向性やコンセプトがしっかり定まったベテランのアーティストとはまた違った、彼ら / 彼女らに話を聞くのは楽しい。ある確信をもって作品作りに向き合っているが、作りだそうとしているものの正体を作家本人もまだ完全には掴みきれていない……。そんな曖昧な領域を、インタビューを通じて探っていくプロセスは、聞き手である自分とアーティストとの共同作業のようでもある。話を進めていくなかで、「この人はこんなことを考えていたのか!」と驚かされるのはよくあることだし、逆に自分のなかであやふやだった芸術の捉え方が、アーティストの言葉によって初めてかたちを得ることも少なくない。手前味噌ながら、幸せな仕事に就いている、と心から感じる瞬間である。

去年の暮れ、また1人若いアーティストに話を聞くことができた。鈴木紗也香は、3月15日から上野の森美術館で開催する『VOCA展2013 現代美術の展望─新しい平面の作家たち』でVOCA賞を受賞した。ちなみに『VOCA展』とは、全国の美術館学芸員、美術ジャーナリスト、研究者らが、絵画・写真などの平面表現に取り組む若手作家を推薦して行われる展覧会で、今年で20周年を迎えた。鈴木はその記念すべき節目の年に、グランプリにあたるVOCA賞を獲得した期待の新進画家だ。

『VOCA展2013』 VOCA賞 鈴木紗也香『あの日の眠りは確かに熱を帯びていた』油彩、アクリル、布、カンバス 227.3×363.6×5cm 撮影:上野則宏
『VOCA展2013』 VOCA賞 鈴木紗也香『あの日の眠りは確かに熱を帯びていた』油彩、アクリル、布、カンバス 227.3×363.6×5cm 撮影:上野則宏

彼女の作品を説明するのは少し難しい。いや、説明しようと思えばできなくはない。例えば今回の受賞作である『あの日の眠りは確かに熱を帯びていた』は、このように言い表すこともできる。

 

縦227.3センチ、横363.5センチの大画面に描かれているのは、庭先から眺めた室内部屋の風景。画面のいちばん手前には1本の樹木が描かれ、その奥には鮮やかな赤で塗られた家の壁がある。壁には大きな窓(窓枠の下が画面には描かれていないのでドアかもしれない)が開いていて、室内の様子をうかがうことができる。そこには白い天蓋を備えたベビーベッドとそれを覗き込む少女が見える。また室内左側の壁面には大きな窓があり、そこから山と海の風景を望むことができる。

鈴木紗也香『あの日の眠りは確かに熱を帯びていた』(部分)
鈴木紗也香『あの日の眠りは確かに熱を帯びていた』(部分)

あえてカテゴライズするなら、鈴木の作品は具象絵画と呼べるだろう。樹木が立つ庭先、室内、窓の外、と順々に積み重なった空間のレイヤーも整合性を保っている。だが、現実から飛躍する要素もたくさんある。画面いっぱいに伸ばした木の枝に引っかかった(もしくは枝から生えた?)白いハンカチのようなものは、手前と奥の空間のレイヤーを飛び越えて、ベビーベッドの天蓋にいつのまにか変容している。はたまた、目をこらすと見えてくる、白い点描でかたどられたリボンブーケのようなイメージも、空間の整合性を無視するように画面全体を覆っている。手前から奥へ、内から外へ。鈴木が描く対象は私たちが日々のなかで見慣れたものばかりだが、それらは世界のルールや、常識の枠を少しだけずらしながら、絵のなかの空間を行ったり来たりしている。彼女の絵は、一時として留まることなく流動しているのだ。あるいは、見る者の視線を流動させる絵とも言えるだろうか。

 

「自己と他者の関係を家の内側と外側に分けて考えているのですが、描きたいのは、はっきり分かれた世界ではなくて、関係の曖昧さです。外側にあるものがどんどん内側にも侵蝕してくるし、逆に内側にあるものが外側にはみ出していく。私自身も、私の外側にある社会から一滴ずつエッセンスを受け入れて、どんどんマーブル模様を描いていくようなイメージを感じて生きています」。

鈴木紗也香
鈴木紗也香

また、鈴木は、主に油絵具とアクリル絵具の2種類を使って絵を描いている。複数の色を重ねていくほど、複雑な質感を生み出す油絵具は、樹木、人物、小物などに用いられている。一方、統一感のあるフラットな色彩を出すのに適したアクリル絵具は、部屋の壁や天井といった背景に用いられている。おそらくこの使い分けは、彼女が感じる自己と他者の境界を示すものだろう。だが、今回受賞した『あの日の眠りは確かに熱を帯びていた』では、初めてこの区分を曖昧にして描いたともいう。

「今回は色そのものが持つリズムやコンポジション(配置)によって象徴性を表せると考えて、油彩やアクリルの使い分けを意識するようにしました。その他にも、画中画や窓を分けるものとして本物の布をキャンバスに貼付けたりしています」。

先ほど「見る者の視線を流動させる絵」と書いたが、これまでの作品のなかでもっとも大きいという『あの日の〜』では、それをよりダイレクトに感じることができるだろう。モチーフ同士の奇妙な関係性だけでなく、油絵具の複雑な質感や、テキスタイル(布)という実体の持つ力強さ、色彩が生み出す音律もまた、この庭園的な世界を豊かに彩る。

そう、鈴木の絵は庭園なのだ。樹木の枝振りが導く小径を通り、モニュメンタルな少女やベッドに目を奪われ、フラットな色面の壁では視線をさまよわせ、開かれた大きな窓から庭園の外へと解放されていく。そして気づくと、また最初の場所に戻っている。何周しても飽きることのない、絵画の庭である。

イベント情報

『VOCA展2013 現代美術の展望─新しい平面の作家たち』

2013年3月15日(金)〜3月30日(土)
会場:東京都 上野の森美術館
時間:10:00〜18:00(入場は閉館30分前まで)
参加作家:
蒼野甘夏
石井七歩
出月秀明
伊藤遠平
瓜生祐子
江川純太
王子直紀
大崎のぶゆき
太田祐司
大矢加奈子
岡田真希人
尾崎嶺
鹿野震一郎
加茂昂
菊地敦己
小谷野夏木
近藤亜樹
笹井青依
佐藤翠
柴田麻衣
末永史尚
鈴木敦子
鈴木紗也香
唐仁原希
友政麻理子
中村友紀
平子雄一
文谷有佳里
北城貴子
松本恭吾
村山悟郎
山口英紀
横田章
吉田晋之介
吉田夏奈
和田真由子
休館日:会期中無休
料金:一般・大学生500円 高校生以下無料

『VOCA20周年記念シンポジウム「VOCAと現代美術の20年」』

2013年3月14日(木)15:00〜17:00
会場:東京都 上野の森美術館
パネリスト:
高階秀爾(VOCA 展選考委員長・大原美術館館長)
神谷幸江(広島市現代美術館学芸担当課長)
光田由里(美術評論家)
谷新(宇都宮美術館館長)
名古屋覚(美術ジャーナリスト)
小林正人(画家)
曽谷朝絵(アーティスト)
定員:150名(事前申込制)
料金:無料

『受賞作家によるアーティスト・トーク』

2013年3月16日(土)15:00〜16:00
会場:東京都 上野の森美術館
出演:
佐藤翠(大原美術館賞)
柴田麻衣(VOCA 奨励賞)
平子雄一(VOCA 奨励賞)
料金:無料(入場料のみ、予約不要)

2013年3月23日(土)15:00〜16:00
会場:東京都 上野の森美術館
出演:
大崎のぶゆき(佳作賞)
鈴木紗也香(VOCA賞)
吉田晋之介(佳作賞)
料金:無料(入場料のみ、予約不要)

『学芸員によるトーク』

2013年3月17日(日)15:00〜16:00
会場:東京都 上野の森美術館
料金:無料(入場料のみ、予約不要)

2013年3月24日(日)15:00〜16:00
会場:東京都 上野の森美術館
料金:無料(入場料のみ、予約不要)

『VOCAの20年 1994-2012展』

2013年3月15日(金)〜3月30日(土)10:00〜18:00
会場:東京都 上野の森美術館ギャラリー

2013年3月4日(月)〜4月12日(金)12:00〜17:00
会場:東京都 有楽町 第一生命南ギャラリー
休館日:土、日曜、祝日

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