「疲れたと言えない」。BTS・RMの言葉から考える、アイドル産業の「心の商品化」に潜むリスク

6月14日、BTSが公式YouTubeチャンネルに動画を投稿し、グループの今後の活動方針やそこへ至った経緯などが語られた。その後、BTSの所属事務所は「グループの活動休止ではない」ことを強調したうえで、「(メンバーは)ソロ活動に専念する予定」という声明を発表した。

本件は彼らのファンダムのみならず、幅広い層の大きな注目を集めた。とりわけ、リーダー・RMによる「K-POPとアイドルというシステム全体に、人に成熟する時間を与えないという問題がある」というコメントを、K-POPそしてアイドル業界全般が共通して抱える難点を呼び起こすものとして受け取る動きが目立っている。

「疲れたという言葉さえ言ってはいけないのではないか」――。こうしたRMの言葉から、ファンダムの持つポジティブな影響力と表裏一体にある、アイドルの「人間性」や「感情」さえも商品の一部となっていることのリスクについて考察する。

(メイン画像:BTS / GettyImages)

K-POPシーンを支えるファンダムの力。アイドルとファンの「結びつき」はより強固に

これまでCINRA「K-POPから生まれる『物語』」連載では、アイドルとファンダム(熱狂的なファンによって作られる世界や文化)のあいだに築かれる関係性や、シーンを取り巻く事象に焦点を当てながらK-POPをとらえる試みを図ってきた。

例えば、ファンダムの影響力とその負の側面について考察した2020年1月掲載のコラム(K-POPの「ファンダムの力」を考察。自主と連帯が生む熱狂と危険性)では、以下二点に触れている。

  1. 大量のコンテンツが供給され目まぐるしく状況が変わっていくK-POPの特性はそのままシーンの魅力となり、産業を経済的に発展させる原動力となり、ファンダムを世界規模に拡大させる理由ともなった。
  2. K-POPシーンにおいてファンは消費側に留まるばかりではなく、自分たちの応援する対象の受容を助ける役割まで担っている。この能動的な行動にファンを駆り立てる要因には、互いに「結びつく」ことで楽しみや熱量が増幅される連帯意識、そしてファンダムへの帰属意識があると考えられる。特に帰属意識がもたらされるには、アイドルとファンの心的な結びつきが重要なポイントとなる。

そして2020年に発生したパンデミックは、先述したK-POPシーンの特性をさらに助長させた。

作品リリースのほかSNS更新や生配信・動画コンテンツの出演、作詞作曲や振付など創作活動をつづけたアイドルたちは、オンラインでのコンサートやサイン会、プライベートチャットサービスを通じてファンと交流を持つこととなった。

BTSのメンバーは2021年12月、それぞれがInstagramの個人アカウントを開設した

そうしたアイドルの精力的な活動は、有観客のライブが叶わない期間も商業的な支えとなったとともに、アイドルとファンの結びつきをよりいっそう強固にしていった。

「ロールモデル」になることを期待されるアイドルたち――。こぼれ落ちている目線とは

BTSのメンバーとアメリカのバイデン大統領

さらに、アイドルには「正しさ」や「あるべき姿」が求められる傾向にあるという点についても触れておきたい。

作品やパフォーマンスに加え、演者の発言や立ち振舞い、態度が評価対象となりやすいアイドルというジャンルにおいては、ファンコミュニティーでは演者を称揚するさい「人柄」や「プロ意識」といった言葉が取り交わされるとともに、デビューメンバーの選考にあたって「人間性」を掲げることを公言する芸能事務所も見受けられる(関連記事:多様化するK-POPコンテンツとファンコミュニティ、その魅力と課題を考察)。

特に、ファンコミュニティーが世界規模に拡大したK-POPシーンでは、多様な文化・政治的背景の受け手にとってロールモデルやオピニオンリーダーとなるような期待をアイドルへ寄せる風潮も強い。

BTSは5月、ホワイトハウスを訪問し、バイデン大統領と会談。会見ではメンバー全員がスピーチし、アジアンヘイトの問題について訴えた

筆者にとっては、応援するアイドルが発信する作品やコンテンツを日々享受することや、それらを通じてアイドルの存在が身近に感じられることは幸せな体験であるし、アイドルの発言や行動から気づきや希望を与えられることも多い。

しかしふとすると、それらによってもたらされるアイドルとの心的な結びつきは、アイドルの「労働」のもとに成り立っているという事実が、自分の意識からこぼれ落ちていることがある。

「疲れたとさえ言ってはいけないのではないか」。RMの言葉から考える「心の商品化」のリスク

「感情労働」という言葉がある。これは、顧客の精神をポジティブな状態へ導くため、労働者が自身の感情をコントロールし、商品として提供することを示す言葉だ。そこでは、適切・不適切な感情がルール化されているという(*1)。

アイドルとして発露する「感情」は一個人から発生するものであれど、そこに人々から求められる「正しさ」や「あるべき姿」という規定が設けられている以上、プライベートな感情と完全には同一視できない。

現実に、アイドルによる「感情」の表出は、一種の「職能」として受け手に評価される対象になっている。それにも関わらず、ファンのあいだでアイドルの「感情労働」の側面へ向けられる意識がおざなりになってしまうのは、アイドルが与えてくれる特別な感情が「労働の成果」であると考えた時点で、その特別さが失われるように感じるファンも少なくないからではないだろうか。

件の動画では、RMが「疲れたという言葉さえ言ってはいけないのではないかとも感じてしまう」「みんなが自分たちに失望してしまうのが怖いので、休みたいと言うことさえ、何か悪いことをしているような気になってしまう」と口にしていたことが印象を残した。

公式YouTubeチャンネル「BANGTANTV」で配信された動画で、ソロ活動に専念していくことが明らかになった

その真意や心の動きは、誰にも推し量ることはできない。しかし彼らが「疲れた」「休みたい」と言うことをはばかってしまう現状には、アイドル産業における心の商品化の行き過ぎが表されているように感じる。

立ち止まる余裕が持てないまま、良質な「商品」として売り出され続け、そしてそうであることを継続して求められる過酷さは、表現者としても一個人としても深刻だろう。

いったいどこまで行けば心の商品化が「行き過ぎ」ているかというのは、一辺倒にジャッジし難い側面もある。アイドルとして表現される感情のすべてが客体化されたものかと言うとそうではないだろうし、ファンとの交感を活動や創作の原動力としているアイドルもいるだろう。

ここで問われるべきは、アイドルが感情労働を行なう際の手段や「する/しない」などの選択は、誰の手に委ねられているかという点であるように思う。現状では、アイドル各個人の意思を鑑みた選択がとられているというよりは、先述の「特別さ」を温存したいというファン心理とそこへ訴求したいという運営の思惑があまりに優先されている、というのが正直なところなのではないか。

「感情」という商品を消費していると自覚を持つ――。ファンの一人としてできることとは

アイドルというシステムを取り巻く議論は、前進が見られる部分もあれば、堂々巡りに陥ってしまっているようなところもある。

実際K-POPという巨大なショービジネスのいち享受者である筆者は、シーンの問題解決について取り組もうとする一方で、その発端を辿っていくと自分自身の欲求とつながっていることに気づく場合も多く、大きな自責の念に駆られている。

しかし、問題の矢面に立たされているアイドルに対して好奇の目や同情を差し向けたり、共感や反省の意を寄せたり、また闇雲にアイドルの幸せを願うだけでは、本質的な解決に至らないことも事実である。

彼らの「感情」という見えない商品を消費していることに自覚を持ち、その行為を全面的に正当化せず、自らの欲求とどのように付き合っていくべきかを思案することこそ、アイドルにとってより良い労働・創作環境を築くうえでファンができることなのではないかと思う。

芸能事務所などの運営、メディアに問われる課題も

だがもちろん、ファンによる自治ではコントロールしきれない領域も大いにある。

とくに、運営側が担う責任は大きいだろう。芸能事務所など運営は、アイドルのプライベートな感情や、人として成熟するチャンスを差し出してまでファンの期待に応えるべきではない。むしろそこにブレーキをかけ、彼らの心身と表現を守る姿勢を強めつつも、産業として成立できるようなビジネスモデルを形成する企業努力が望まれる。

そしてメディアは今回、他者に知られる必然のなかったであろう極めて私的な、それも苦悩をにじませた感情がアイドル自身の口から語られたことの深刻さをセンセーショナルに取り上げている場合ではなく、こうした事態を呼ぶに至る背景を作ったいち当事者として、アイドルに関する報道の姿勢や手段を再考していく必要があるだろう。

*1:感情労働とは? 肉体労働や頭脳労働との違い、具体的な職種、ストレス対策の方法 - カオナビ人事用語集(外部サイトを開く



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