作品構造、デザインで見た『ONE PIECE』のすごさ。『FILM RED』監督が制作の裏側とともに語る

尾田栄一郎原作による漫画『ONE PIECE』の最新劇場作品『ONE PIECE FILM RED』が大きな話題を集めている。

公開2日間で157万人を動員、興行収入は22.5億円を突破し、今年公開の劇場映画作品でいちばんの初動成績を叩き出した本作。8月22日には興行収入が92億円を突破し、100億円も目前の怒涛の勢いで数字が推移している。原作漫画も先日103巻が刊行され、同作が持っていたギネス世界記録を更新し、全世界累計発行部数は5億部の大台に乗った。『週刊少年ジャンプ』誌上での展開も含め、いま『ONE PIECE』は25年の歴史上、最大にして最高の盛り上がりを見せている。

そんななか公開された『ONE PIECE FILM RED』の監督を務めたのが、『コードギアス』シリーズで知られる谷口悟朗だ。いまから24年前、『ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック』(1998年)で監督デビューを果たした谷口監督は、『ONE PIECE』の初のアニメ作品を手がけた人物でもある。

いま大きな盛り上がりを見せる『ONE PIECE FILM RED』は、どのようにしてつくられていったのか? その制作の裏側に加えて、谷口監督から見た『ONE PIECE』という作品の魅力について話を聞いた。

※この記事は映画『ONE PIECE FILM RED』の内容に関する具体的な記述が含まれています。あらかじめご了承下さい。

24年前の反省から『少年ジャンプ』を買い続けるようになった谷口悟朗監督

ー『ONE PIECE』は谷口監督のデビュー作だったこともあり思い入れのある作品だと思うのですが、デビュー当時のことを振り返ってどんなことを思い出しますか?

谷口:じつは『ONE PIECE』のお話を最初にいただいた当時は、仕事で忙しくて『週刊少年ジャンプ』は買ってなかったんですよ。なので、不覚にも知らなかった。最初『ONE PIECE』と聞いたときに、美少女モノかと思ってたんです。

でも当然、中身が全然違うわけじゃないですか(笑)。少し反省しまして、スタッフとの共通言語のためにも「『ジャンプ』は必要だなぁ」と思って買い続けています。いまも毎週買っています。

『ONE PIECE FILM RED』予告編

ーじゃあ最新話も読んでいらっしゃる?

谷口:読んでいます。『FILM RED』に合わせて映画は全部見直しましたし、原作もちゃんと全部読み直しました。

ーそうなんですね! まず今回の『FILM RED』のオファーがきたときはどう感じられましたか?

谷口:『ONE PIECE』の劇場版の監督オファーをいただいたのは実はこれが3回目で。3回もお話をいただいている以上、「これはきちんと応えないと」と思い、まずは原作の尾田栄一郎さんに私が監督をやってもいいかどうか、プロデューサーに聞いてもらいました。尾田さんからも快諾をいただけたと聞いたので、受けさせていただきました。

ーそれはいつごろのことですか?

谷口:劇場版『ONE PIECE STAMPEDE』(2019年8月公開)をつくってるときだったと思いますね。

「ウタ=シャンクスの娘」という設定はどのように決まったのか?

ー『FILM RED』には「シャンクスの娘」である歌姫・ウタが登場しますが、この設定や物語はどのようにして組み立てていったのでしょうか?

谷口:基本は我々の出したアイデアに対して尾田さんに意見をもらいながら進めています。最初は、今までの作品のように最強の敵と戦うプロットなども考えていたんですが、いくつも意見を出すなかで「どうもどれも違うらしい」みたいな感触があり。

それで一度立ち消えた「歌を歌う女の子」というアイデアを復活させ、プロットをまとめて提出して、それをベースに進めましょうか、ってところで進みはじめたかな。

―映画の第一報が出た際に「映画で伝説のジジイ描くのもう疲れたんだよ!笑 ちょっと女子描かせてくれ!」という原作の尾田栄一郎さんのコメントがありましたが、「シャンクスの娘」という設定に着地した理由というのは?

谷口:単純にただの歌姫だと、お客さんに対しての訴求力が足りないですからね。やっぱりインパクトがあるものが必要。とすると、全然関係のない女の子が出てくるよりは、既存キャラとなんらかの関係があるほうが理解はしやすいし、掴みやすい。

でも「バギーのいとこ」とか、中途半端なキャラを持ってくるぐらいだったら、シャンクスの娘っていうのが一番わかりやすいということで、この設定になっていったと思います。

もちろん尾田さんのなかにはすでにシャンクスの時間軸もちゃんとつくり込まれていて(※)、この映画もそのなかにあるんです。なのでマルチバースではございません。物語の時系列的な位置づけも一応設定としてありますが、意図的に私からは「ここだ」と言わないようにしてはいます。そこは考察が好きな方のために取っておこう、と。

※詳細は、入場者特典として配布された「コミックス-巻四十億〝RED〟-」のスタッフ用年表で明かされている

『FILM RED』最大の見どころのひとつ、豪華アーティストを起用したウタの音楽プロジェクトの背景

―ウタの存在自体もそうですが、今作はライブシーンも大きな見どころのひとつです。ウタの歌唱キャストとしてAdoさんが起用されていたり、振付・振付監修はPerfumeなどのお仕事でも知られるELEVENPLAYのMIKIKOさんが務めていたりとすごく豪華で、全年齢を対象にしたエンターテイメント作品としても楽しむことができます。特にウタの楽曲を書き下ろした作曲家陣にも注目が集まっていますが、この人選はどのようにして決めていったのですか?

谷口:Adoさんに関しては、スタッフ内で「やっぱりAdoさんにお願いしたいよね」って話がありながら、こういった仕事を受けているかどうかもわからない状況だったんですね。

そもそもアタックできるのかどうかもわからないなかで、尾田さんからもAdoさんの名前が挙がってきたので、「アタックしてみよう」とプロデューサー陣が頑張ってくれて、お声がけしたらご承諾いただきました。

谷口:楽曲提供アーティストについては、いま現在の音楽シーンに詳しい尾田さん自身と、あとジャンプ編集部の高野さん(原作メディア担当編集者の高野健)にアイデアを出してもらいました。

私はどっちかというとクラシックのほうがよく聴くということもあり、普段からいまの音楽シーンに触れている人がアイデアを出すのが早いだろう、と。

ー7組のアーティストのなかですと、CINRAでは折坂悠太さんによく取材をしていています。折坂さんの楽曲はクライマックスの非常に印象的な場面で使用されていましたが、どのようにディレクションしていったのでしょうか?

谷口:まず「折坂さんの楽曲を使いたい」となったとき、折坂さんだけじゃなくて他の人たちもなんとなく揃っていて、「Vaundyさんはここをお願いしよう」「FAKE TYPE.さんはここをお願いしよう」「じゃあ折坂さんだったらここをお願いしよう」という具合に、音楽性を考えて決めていきましたね。

折坂さんの場合だと「こういうテンポのこういう楽曲が欲しいのです」というところまで固めて、「かける場所はここになります」っていう段階で打ち合わせをさせていただきました。

ー“世界のつづき”は折坂さんの持ち味を感じるバラードでありつつ、いままでにないタイプの楽曲で、すごく印象的でした。

ウタ“世界のつづき”を聴く(Apple Musicで聴く / Spotifyで聴く

ファンの注目が集まった赤髪海賊団のシーンを、谷口監督はどのようにかたちづくっていったのか?

ー『FILM RED』の大きな見せ場のひとつとして、原作でもほとんど描かれていない赤髪海賊団の戦闘シーンが描かれました。ここはどのようなことを考えてつくっていったのでしょうか?

谷口:各キャラクターの能力などは尾田さんから教えてもらいはしましたけれど、いい意味で「細かく描くのはやめよう」ということにしています。

本来だったらそれは漫画の役割だと思うし、下手をするとお客さんの楽しみを奪うことになりかねないので。「こういう能力なのかな?」っていうのがなんとなくわかりつつ、わざと隠したり、フェイクを入れたりもしています。

―麦わらの一味と赤髪海賊団の各キャラを対応させるように描くという演出もとてもエモーショナルでした。このキャラ同士の対応はどのように決めていったのでしょうか?

谷口:そこは脚本の黒岩さんのほうで、「このキャラとこのキャラの組み合わせだとどうかな」みたいに提案してもらったりしましたね。あと尾田さんのほうから「このキャラだとこっちの組み合わせのほうがエモいです」という提案もいただきました。

ークライマックスのバトルシーンでウソップ(麦わらの一味)とヤソップ(赤髪海賊団)の親子が共闘するシーンは感動的でした。

谷口:ヤソップとウソップ、どっちの立場で見られました?

ー直前に「俺を置いて出ていった」というようなセリフがあったのも大きいですが、ウソップの立場で見ました。

谷口:もう私からすると「親父はいい加減な男だねぇ」って感じですよ。ニコニコ笑いながら見てたんですけど(笑)。

踏み込んだシーンも描いた『FILM RED』。監督は原作サイドとどのようなやりとりを重ねたのか?

―原作とも密接に関連づけられた映画作品ですから、相当細かいやりとりや調整があったのだろうなと想像します。

谷口:基本的には「こういうかたちでいきたいんですけど」と提案したり、「だったらこういうのはどうだろう」「ぼくが好きなのはこっち」とかやりとりしたり、お互いで意見を出し合うスタイルで制作していきました。尾田さんと話すときには、総合プロデューサーとしてなのか、原作者の立場としてなのかを私自身は意識して話していました。

たとえば、「どういうキャラクターなのか」という部分は原作者としてのアドバイスです。一方で、「(ある要素を)見せるのか見せないのか」に関しては総合プロデューサーとしての意見。

谷口:ただ私としては、スタッフを率いている映画をつくっている以上、「原作者だから言うことを全部聞く」ということはしないですね。それをやってしまうと、「原作者が撮りゃあいいじゃん」って話になりますから。尾田さんがその距離感をきちんと理解してくれていて助かりました。

ーそうでないと谷口さんが監督する意味もなくなってしまいますもんね。

谷口:そういうやりとりはいっぱいあります。今回コロナ禍ということもあったから、尾田さんと直接会う機会はそんなに多かったわけではないんですけど、ZoomやLINEを使ってかなり密にやりとりはしましたね。

ーセリフの細かいニュアンス以外にはどういったことがありましたか?

谷口:たとえば色使いや振り付けなどもやりとりしています。

谷口悟朗監督は『ONE PIECE』という作品をどのように見ているのか? 2つのポイントから語る

ー『FILM RED』にも通じる話ですが、『ONE PIECE』は「王道少年漫画」であることをすごく大事にしている作品でありながら、考察を呼ぶ描写や伏線が無数に散りばめられたディープな作品であり、「自由」と「支配」という構図で現実社会をある種批評しているような骨太な作品でもありますよね。監督ご自身は『ONE PIECE』という作品をどのように見ていらっしゃるのでしょうか?

谷口:ひと言で言うと、『ONE PIECE』という作品世界自体はルフィがいなくても世の中が動くってことですよね。そこがすごいところだと思います。海賊は勝手に暴れているだろうし、今日もただ日が落ちて次の日に日が昇ってくるだろうし、海軍は海軍で働いているだろうし。

少年漫画って構造としては、世界の端っこにいる少年が世界の中心に向かっていく姿を描いているんですよ。これをするためには、その少年がいなくてもその世界を静止させたらいけないんです。それができていることがまずすごい。普通はどうやっても、その少年の能力ありきの世界になっていっちゃうんですよ。

ールフィが見たものだけで作品ができているのではなく、『ONE PIECE』という世界がまず成立していることがすごい、と。

谷口:そう。ルフィのいない空間でもこの世界は広がっているし、進行している。「マキノさん(※)の赤ちゃんは一体どこからきたの?」みたいな想像を読者が膨らませられるように、本筋で描かれているところ以外の世界も進んでいるんです。

だからこそ、お客さんはルフィだけにこだわる必要がない。好きなキャラクターがいたらそこから入ることができるし、それが海賊でも海軍でもいいという。それをひとりの男が、人生のなかでつくりあげちゃったことがすごいと思います。

※コミックス第1巻1話から登場するキャラクター。ルフィの故郷であるフーシャ村にある酒場の女店主(詳細を見る

谷口:あとやっぱり、尾田栄一郎という人のデザインセンスは卓越しています。あのデザインは普通は出てこないですよ。

単純な画力というよりも、守るべき王道のラインとデフォルメの仕方の差、そのバランスですよね。守るべき王道でいうと、たとえばウタの背中の羽のデザインはある種記号論ですよね。わかりやすい記号論だけど、ここではわかりやすくしてあげないとダメなんだ、という意識がある。

一方で、たとえばチャルロス聖(※)の服のデザインは、おそらく宇宙服をベースにしているはずなんですけど、気圧を維持するためのリングの構造をそのまま残して、それ以外を中世のヨーロッパみたいなデザインに切り替えてるんですよ。そこは王道じゃなくてもいい、みたいな意識があるんだろうなと。

※『ONE PIECE』の世界における「支配」の象徴であり、神と崇められる世界貴族(天竜人)のひとり(詳細を見る

谷口:これは本人の嗅覚みたいなものが「ここは王道でいこう」「ここはちょっと変則でもいいんだ」とかを判断していると思うんです。そこの情報の取捨選択と取りまとめ方が、本当に、抜群に優れている。

ーそういった視点で『ONE PIECE』を見たり読んだりしていなかったので、とても興味深いです。

谷口:それでいながら、お客さんに「ほら、すごいデザインでしょう」ということを感じさせない。これがもっと写実的な絵だったりすると「ほーら、どうだ!」みたいな感じになっちゃうかもしれない。

でもお客さんはね、そういうことをあまり感じずに見てると思うんですよね。そこがやっぱりすごいです。だからこそそれを映像で起こすのは大変なんですけどね(笑)。

『ONE PIECE FILM RED』予告編

作品情報
『ONE PIECE FILM RED』

大ヒット上映中

原作・総合プロデューサー:
尾田栄一郎(集英社「週刊少年ジャンプ」連載)

監督:谷口悟朗
脚本:黒岩勉

©尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会
配給:東映
プロフィール
谷口悟朗 (たにぐち ごろう)

1966年10月18日に愛知県で生まれたアニメーション監督、プロデューサー。日本映画学校(現・日本映画大学)演出四科(映画演出)を卒業し、1998年に『ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック』で監督デビュー。代表作は『無限のリヴァイアス』『スクライド』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『バック・アロウ』など。自身24年ぶりとなる『ONE PIECE』の劇場作品『ONE PIECE FILM RED』が8月6日より公開中。



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