映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が話題を集めている。9月11日に公開されてから約1か月が経ついまも、世代を超えて多くの観客が劇場に足を運んでいるという。
監督は、『野火』『斬、』『ほかげ』と戦争を描き続けてきた塚本晋也。原作は、18歳で海兵隊に志願したベトナム帰還兵アレン・ネルソンが、加害者の視点から、戦争の現実と拭いきれない痛みを綴った自伝である。
困窮する若者が軍隊に赴く経済的徴兵、そして人間性を奪う訓練を経て戦地へ送られたアレンは、戦争の被害者でもある。本作で描かれるのは、戦争によって加害者となった人間の責任と、その後の人生だ。
「誰もが加害者になる可能性がある」という事実を、どう描いたのか。企画が実現した経緯から、戦争における個人の責任、沖縄の描写、「赦される」ということの意味、そして戦争を描き続ける意義まで。塚本監督へのロングインタビューを通して、戦争とは何か、そして私たちはその記憶とどう向き合うべきなのかを考える。
あらすじ:貧困や差別から抜け出すために18歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。ベトナムという苛烈な戦地で学んだのはただひとつ、いかに多くの人を殺せるか。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金とPTSD(心的外傷後ストレス障害)だけだった。23歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。
世代を超えて多くの人から反響。「原作の力が大きい」
—本作は公開規模こそ限られていますが、公開から約1か月が経ったいまも、世代を超えて多くの方が劇場に足を運んでいると聞きます。監督は観客の感想もこまめにチェックされていますよね。
塚本: そうですね。以前はなるべく全部読むようにしていたんですが、だんだん数が増えて、最近は追いつかなくなってしまいました。面白そうな感想を見つけても、まだ読めていなかったりして。
でも、本当に深く作品を受け止めてくださる方もいらっしゃいますし、これまであまり接点のなかった識者の方が取り上げてくださることもある。自分にとって、すごく刺激的な時期だと感じています。本当にありがたいですね。それはやはり、原作の力が大きいと思っています。
塚本晋也(つかもと しんや)
1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。89年『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。世界三大映画祭のヴェネチア国際映画祭との縁が深く、『六月の蛇』(2002)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、『KOTOKO』(2011)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。『鉄男 THE BULLET MAN』(2009)、『野火』(2014)、『斬、』(2018)でコンペティション部門出品、『ほかげ』(2024)はオリゾンティ・コンペティション部門へ出品された。俳優としても監督作のほとんどに出演するほか、他監督の作品にも多く出演している。
—アレンさんは生前、日本で1200回以上の講演を行っています。当初はその活動も映画で描く予定だったそうですが、なぜ削ることにしたのでしょうか。
塚本:実は、タイでの撮影が終わる頃までは脚本に入っていたんです。でも、ニューヨークでの撮影に入る前に、アレンさんの平和活動を全面に出すより、彼の経験と葛藤、それを克服しようとする個人の話に凝縮したほうが絶対に良いと思い始めたんです。それで、日本での講演シーンを大幅にカットしました。
戦争に巻き込まれた人間は、どこまで責任を負うのか
—本作を観て考えたのは、戦争における個人の責任です。アレンさんは経済的徴兵制で海兵隊に入り、人間性を奪う訓練を経て戦地へ送られた点では被害者でもありますが、それで加害の責任が消えるわけではありません。監督は、戦争という構造のなかでの被害と、個人の加害責任をどうとらえていますか。
塚本:難しいですが、そこには二つの見方があると思うんです。一つは、戦場には被害を受けた人と加害した人がいるという見方。もう一つは、より大きな構造で見ればその両方が戦争の被害者で、本当の加害者は自らは戦場に立たず、戦争を作り、始めた人たちだという見方です。でもだからといって、現場で加害した人が「自分も被害者だから」と、その罪を免れることは絶対にできない。その部分をギュウギュウと、言い訳できないところまで追い詰めていくのが、この映画の大事なところだと思います。アレンさん自身も「選択できたはず」と書いていますから。結局、最後は自分で選択しているということですね。
—ベトナム戦争の資料を見ていると、ソンミ村虐殺(※)のような事件が起きた一方で、虐殺を知って大統領に直談判した兵士や、戦争に疑問を持って脱走した兵士も大勢いました。兵士にも選択の余地はあったはずですが、加害の一線を越えた人と踏みとどまった人の違いは何だったと思いますか。
塚本:簡単に答えが出るような話ではないと思いますが、原作には少し「人によって差がある」ように読める部分もありました。一線を超えたあとでも「後戻りをしたい人」と「そのまま行ききってしまう人」というように。それはたしかにあるかもしれないなと薄々は思いました。映画『プラトーン』(1986)でも、主人公はベトナムの男の子に暴力を振るったりという加害をしているのだけど、その顔には悲壮感が宿っている。一方で、もう一人の若い兵はもっと簡単そうにより残虐なことをしていた、というように。
本作劇中でも、ベトナム人の耳を切って集めている若い上官とアレンさんの差のようなものはあるかもしれない。一方で、その上官も「単に悪い人間ではなく、そうすることで精神のバランスをとっていたのではないか」と意見をくれた人もいました。
※ ソンミ村虐殺……ベトナム戦争中の1968年3月16日、ベトナム中部クアンガイ省ソンミ(現ティンケ)村で、米軍部隊が女性や子ども、高齢者を含む無抵抗・非武装の住民504人を殺害した事件。「ミライ虐殺」とも呼ばれる。
—あの上官もベテランのようで、実はすごく幼い顔をしていますよね。
塚本:そうなんです。べトナム戦争を描いたアメリカ映画には、好きな作品がたくさんあるんですが、兵隊はみな30代を確実に超えているようないかつい顔をした筋肉隆々のおじさんたちで、たくましい様子で戦っている。でも実際はもっと幼い、まだ子どもといえるような年齢の人が行っているはずなんです。だからこの映画では「戦場に行っているのは子どもばかりである」という雰囲気にしたかった。だからあの偉そうな上官も、当初からベビーフェイスの人にしたいという思いがあって彼に委ねました。実際はすごく好青年で、優しい顔をしている。語り口も穏やかなので、あの映像に優しいセリフを入れればまったく違う印象になると思うんですが、実際は「耳を切ったらいい」「すぐに殺しに慣れる」といったことを言っている。
—これまでの戦争映画では兵士として描かれてきたような上の世代は、実際にはむしろ戦争を決める側にいて、その決定によって、彼らのような子どもたちが戦地へ送られていく。その構図も、この映画から強く感じました。
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
なぜ、加害者になってしまうのか——戦争は、差別や貧困、社会の構造を利用する
—本作でアレンさんを演じたロドニー・ヒックスさんは「この映画では『PTSD』も『人種』もあえて言葉にはしていない。それによって、観客自身がアレンさんになっていくような普遍的な物語になっている」とも語られていました。一方で、アレンさんが黒人男性として経験した貧困や差別は、彼が軍隊に入る背景にも深く関わっています。監督として、普遍的な戦争の物語として描くことと、黒人男性としての固有の経験を描くこと、そのバランスはどのように考えたのでしょうか。
塚本:どちらかというと、僕としては普遍性のほうに比重を置いていました。『野火』もそうでしたけど、第二次世界大戦だという説明をするのではなく、いきなりお客さんを何だかわからない状況のなかに飛び込ませて、「よくわからないけど、ひどいことになっている」と感じてもらう。今回は、アレンさんが経験したのがベトナム戦争だったということで、僕自身が興味を持っていたのは、ベトナム戦争そのものというより「戦争」だったんです。
ただ、原作でアレンさんが、ベトナム人を人間以下の存在として見下していた一方で、黒人である自分たちも実は見下されていたことに気づくところは、かなり大事なポイントでした。そこで戦争に疑問を抱き、急にテンションが落ちていく。そこは欠かせないと思って描きました。
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
—差別されてきたマイノリティが、社会的な承認を得るために、別の人々への抑圧に加担してしまう構造は歴史上繰り返されていますよね。ドキュメンタリー映画『ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実』(1974)でも、ネイティブ・アメリカンの兵士が「『グーク(東洋人)』を殺したいと思った。僕も『毛布男』や『チーフ』と呼ばれて育ち、訓練所では教官に『インディアン』と呼ばれた。だから僕も『グーク』と呼ぶ」と語っていました。
塚本:自分もベトナム戦争のドキュメンタリーはいろいろと観ましたが、『ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実』は最も恐ろしく感じました。ベトナム戦争の馬鹿馬鹿しさと腹立たしさを知るには、あれを一本観れば良いんじゃないかと思います。アメリカ陸軍の大佐が「東洋では西洋ほど命の値段が高くない。人口が多いから命が安くなる」と平気で語っていたりして。
—帰還兵の中佐も、学校で幼い子どもたちに「ベトナムは人間以外が美しい国だ。ベトナム人は原始的ですぐ問題を起こす」と講義をしていましたね。そうやって差別的感情を受け継いでいくのだなとも感じました。
沖縄のシーンは「絶対に欠かせなかった」
—また本作では、米兵が沖縄の人々に向ける差別的で植民地的なまなざしも描かれていました。つい先日(2026年10月4日)も米兵が強盗殺人容疑で逮捕されましたが、こうした暴力もその歴史の延長線上にあると感じます。監督が出演された『宝島』(2025)も米軍統治下の沖縄を舞台にしていて、アレンさんが滞在していた時期も含まれますよね。
塚本:そうですね。アレンさんの物語において、沖縄のパートは絶対に欠かせないものでした。アメリカである程度訓練を受けたあと、沖縄でさらに実戦的な訓練をする。いわば『フルメタル・ジャケット』(1987)のような洗脳期間なので、そこは描く必要がありました。
僕自身、沖縄のことは非常に大事な問題だと思っています。実は当初の脚本には、1995年の米兵による少女暴行事件(※)を受けて、沖縄の人々の怒りが大きく高まったことも描いていました。それがアレンさんの日本での講演活動につながっていくエピソードだったんです。ただ、脚本を大幅に削ったことで、沖縄の描写もかなり短くなってしまった。少しでも感じてもらえればいいと思っていたんですが、実際に映像にすると、短い場面でも非常にくっきりとした臨場感があった。スタッフと一緒にしっかりロケハンをして撮影した場面でもあるので、強い印象を残せたのは良かったと思っています。
※沖縄米兵少女暴行事件……1995年9月4日、沖縄県で米兵3人が12歳の少女を拉致し、性的暴行を加えた事件。事件への抗議と日米地位協定の見直しを求める大規模な県民大会が開かれた。
—また作中では、アレンさんは沖縄で仲間の米兵が暴力を振るうのを傍観しています。後に本人は、暴力を止めなかった自分も、その暴力の一部だったと語っていますよね。沈黙もまた加害への加担になりうるという点は、本土と沖縄の関係にも重なると思います。
塚本:そうですね。自分ではやらなかったけれど、止めもしなかった。それは原作にも書かれていたことでした。
加害を「赦される」とは、どういうことか?
—アレンさんは最終的にベトナムへ戻り、自らの加害を告白して現地の人々に受け入れられました。その後、かつて自らが戦った地域の子どもたちを支援し、亡くなったあともその遺志は奨学金というかたちで引き継がれています。沖縄では、アレンさんと交流を重ねた女性が「アレン奨学会沖縄」を立ち上げていますね。
塚本:沖縄の宜野座映子さんたちがアレンさんの遺志を引き継いで続けているものですよね。
—そうしたアレンさんの人生を描くなかで、加害を「赦される」とはどういうことなのか、監督自身も考えることはありましたか?
塚本:そうですね。映画を作るにあたって、まず宜野座さんをはじめ、日本でアレンさんの平和講演に協力していた方々にインタビューしました。その次はベトナム戦争に参加したアメリカ兵に話を聞こうと思ったんですが、アメリカにいる方にはなかなかたどり着けなかった。その代わり、ベトナムで平和活動を続けている元アメリカ兵の方々に会って、話を聞くことができました。
もしかしたら、その人たちがいまの問いへの答えを握っているのかもしれないと、いま話しながら思いました。彼らは自分たちの具体的な加害体験については、あまり話さなかったんです。でも戦争が終わったあとも、ベトナムで現地の人たちとの関係を築き続けている。僕をいろいろな場所へ案内してくれて、そのなかには、枯葉剤の影響(※)がいまも引き継がれている人たちの学校もありました。そうした活動を長年続けるなかで、いまではベトナムの人たちと親しい関係を築いているんです。
※ベトナム戦争と枯葉剤……ベトナム戦争中、米軍は森林やジャングルを破壊してゲリラの隠れ場所と食料源を断つため、枯葉剤を散布した。この枯葉剤には猛毒のダイオキシンが含まれており、約100万人のベトナム人や米兵が曝露し、がん、先天異常、神経障害などの健康被害が現在まで世代を超えて続いている。
—ラストの講演場面をベトナムで撮影した際、ロドニーさんは、観客として参加していた80歳ほどの男性から「あなたはアメリカ人で、私はかつてベトコンだった。君の言葉、そしてアレンの言葉を聞いて安らぎを得た」という言葉をかけられたとロイターのインタビュー(※)で語られていました。監督はその出来事をご存じでしたか?
塚本:たしかにロドニーはこれから話をする聴衆の人たちと熱心にコミュニケーションを取っていましたが、そんなことがあったとはまったく知らなかったです。
※ REFILE: Venice film brings Vietnam veteran's anti-war warning to new generation
—観客のなかには枯葉剤の影響を受けた方もいたそうですね。
塚本:そうですね。枯葉剤が人々に及ぼした影響については、最初の脚本ではもっとわかりやすく描いていたんです。娘であるロビンちゃんが枯葉剤の影響を受けているかもしれないとアレンさんが心配するエピソードがあって、そのシーンのロケハンまでしていました。ただ映画をぐっとタイトにして、戦場の恐ろしさとPTSDに絞るために、そのエピソードはカットしました。だから最後の講演のシーンで枯葉剤の影響を受けた人をお呼びするのもやめるかどうか迷ったんですが、やはり少しでも感じさせるために聴衆の中にいていただこうと決めたんです。
戦争を英雄譚にしない——観客に加害と暴力をどう体験させるか
—塚本監督は今回、ベトナム戦争についてあらためて調べるなかで、新たに知ったことや感じたことはありましたか?
塚本:先ほどもお話ししたことですが、もともと僕が描きたかったのは、ベトナム戦争そのものではなく「戦争」でした。ただ、最低限のことは知っておかなければと思って、いろいろ本を読んだりドキュメンタリーを観ました。
先ほどの『ハーツ・アンド・マインズ ベトナム戦争の真実』のように一本で全体が分かるものもあれば、何本にもわたる長編シリーズもあって、本当にベトナム戦争ってうんざりするほど長いんですよね。「永遠に終わらないんじゃないか」と思うくらい。戦争中に大統領も何度も代わるし、大学では反戦デモの学生が州兵に銃撃される事件まで起きる。異常な熱に浮かされたまま、いつまで経っても熱が下がらない病気のような、長く鬱陶しい時間だったという印象を受けました。
—私も調べれば調べるほど、アメリカの責任の重さを感じました。もう一つ、今回あらためて知ったのが、アメリカ軍が戦果を測るために、敵を何人殺したかを数える「ボディカウント」を重視していたことです。劇中でも「殺した人数の把握が大事だった」と語られていましたが、その意味がわかりました。
塚本: そうですね。土地を奪う戦争なら、どこまで占領したかが勝敗の指標になります。でもベトナム戦争では、土地を奪うこと自体が目的ではなかった。では、何をもって勝った、負けたと判断するのか。その指標が殺した人数だったんです。だから、とにかく殺して、その数をしっかり数える。
—数を重視すると、相手が兵士かどうかも関係なくなりますよね。
塚本: 最後にはそうなってしまったんですよね。敵に協力している可能性があるというだけで、疑われ、老若男女を問わず殺されてしまう。
—本作には軍事監修として、米海兵隊、陸軍特殊作戦部隊に在籍していた軍事アドバイザー、カワ・マウライエさんが参加されています。戦闘をリアルにつくり上げるためだと思うのですが、どのようなやり取りがあったのでしょうか?
塚本: 脚本には主人公が何をするかは書いてありますが、例えばアレンさんが銃を一発撃ったとき、周りの兵士たちがどう動いているのかまではわからないんです。だから、そこは一から全部教えてもらいました。
最初はZoomで、兵士に見立てた人形を配置したり、ホワイトボードに書いたりしながら、「このとき、この兵士はどうするのか」「こちらの兵士はどう動くのか」と、一つひとつシミュレーションしていきました。そうして全体の動きがイメージできたところで現場に入り、今度は俳優たちと一緒に動きを確認していく。とにかく、実戦ではどう動くのかを徹底的に教えてもらったという感じですね。
—そのように戦場の動きをリアルに再現する一方で、監督は戦争を娯楽として消費させるような映画の作り方には慎重な姿勢を示してきましたよね。ただ、本作は純粋に映画として非常に面白いとも感じます。戦争を美化せず、映画としての面白さを生み出すことについては、どのように考えていますか?
塚本: 僕が良くないと思っているのは、殺し合いをエンターテインメントにして、ヒロイズムによるカタルシスを味わわせたり、戦争の醍醐味を感じさせたりするような作り方なんです。だから、必ずしも戦争を描く映画をエンターテインメントにしてはいけない、ということではないんですよね。例えば、戦争を被害者目線で描いた映画でも、観客は泣いたり、感情を大きく揺さぶられたりする。被害者の目線は、戦争の恐ろしさを伝えることができるので重要です。それもある種のエンターテインメントだと思うし、そういうダイナミックさはあったほうがいいと思っています。
『野火』も、つらいことばかりを描いているように見えるかもしれませんが、僕のなかでは、ものすごく美しい自然があったり、人間のやっていることがあまりに愚かなのが、少しギャグじみて感じられるとも思っていて。冒頭にたらい回しにされる場面なんかはまさにそうですよね。要するに、戦争のヒロイズムによる高揚感を味わわせたくないというだけで、映画自体には興味を持って、飽きずに観てもらわなければいけない。それも一つの「面白さ」だと思うんです。ただ嫌な気持ちになるだけの映画にしたいわけではないのかもしれませんね。
—面白さがなければ、たとえ大きな意義があっても、なかなか多くの人に届けるのは難しいですもんね。
塚本:そうですね。戦争の話ってどうしても重かったり暗かったりするので、聞く側も身構えてしまうと思うんです。でも僕が映画がいいと思うのは、皆さんジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入ったりするようなつもりで観に来てもらえることなんです。そうやってまずは軽い気持ちで映画の中に入ってもらって、その後に大事なものを見つけてもらえたらいい。
『野火』、『斬、』、『ほかげ』、そして本作。戦争を描き続けた監督がいま考えること
—監督は『野火』(2014)から『斬、』(2018)『ほかげ』(2024)、そして本作まで、4作品にわたって戦争を描き続けています。そのなかで、監督自身の戦争に対する考え方に変化はありましたか?
塚本:時代とともに変わってきたと思います。『野火』を作っていたのは戦後70年の節目で、当時は戦場に行った人たちの悲劇にばかり目を向けていたかもしれません。戦後70年ということは、戦争に行ったとき20歳だった人は90歳になっている。そうした方々がほとんどいなくなってしまう一方で、戦時中に日本国内で暮らしていた人たちは、まだご存命だったんです。だから、次第にその人たちにも意識が向くようになりました。
半藤一利さん(※)が、そうした戦争体験者がいなくなったとき、いよいよ日本は危なくなるという趣旨のことをおっしゃっていたんですが、いままさにその時期が来ているように感じます。『ほかげ』では、戦時中の日本にいた女性や子ども、戦争孤児たちを描いています。また、戦地から帰ってきた人たちも、帰還できたからといって幸せになれるわけではなく、PTSDを抱え、その後も過酷な人生を送ることになる。そうした人々の苦しみにも、だんだんと意識が向くようになっていったんです。
※ ジャーナリスト、戦史研究家、作家。著書に『日本のいちばん長い日』などがある。
—戦争体験者が少なくなっているいま、戦争を経験していない世代がその記憶を語り継いでいく必要があります。ただ、実際に経験していない以上、決してわかり得ない部分もあると思います。塚本監督自身も戦争を経験していないなかで、「想像すること」の必要性と限界をどう考えていますか?
塚本: 最初に『野火』を作ったときは、やっぱり「自分が描いていいのかな」と思いました。原作を読むと、ありありと映像が浮かんできたので、もう作ってもいいんじゃないかとも思ったんですが、どこか引け目があったんです。そこで、主人公である田村一等兵と同じ戦争を経験した方がまだご存命だったので、お話を聞きに行きました。当時85歳くらいだったと思いますが、それはもう恐ろしい話をしこたま聞きました。その経験を経て、ようやく「自分は描いてもいい」と判断できた。さらに、映画を上映していると、観客の方々がご自身の戦争体験を話してくださるようになりました。そうした話を聞くうちに、まるで自分が体験したかのように、当時の現場の生々しい空気まで感じられるようになってきたんです。
ただ、これからの世代がどうするかは大きな課題ですよね。『野火』を作っていたときには、その答えを持っていませんでした。でも、『ほかげ』を作る頃には、たくさん残されている資料を徹底的に読み込み、自分が共感できる部分と接続していけば、実感のようなものが湧いてくるはずだと考えるようになりました。
もちろん、体験者がいなくなるのは大きな問題です。でも、直接お話を聞けなくても、体験者のご家族から「うちのおじいちゃんは、実はこんな場所に行っていた」といった話を聞くだけで、当時のことが身近に感じられる。資料を読み込んでいても、当時の空気がわっと匂い立ってくるような感覚があるんです。そうやって得た実感をもとに、戦争を描いていく必要があるし、描くべきだと、いまは思っています。
「小さな石つぶてを投げなければ」。加害の歴史を「なかったこと」にしないために
—日本はかつて侵略戦争をした反省から、戦後は「二度と戦争をしてはいけない」ということが一つの規範になっていたと思います。その意識は、いまも社会に根付いていると思いますか?
塚本:その規範が薄らいできてしまっているのがいまですよね。日本が戦争で行った加害について、当事者たちが口をつぐみ、亡くなっていった。その機会をいいことに、加害の歴史を「なかったこと」にしようとする大人たちがたくさんいます。そうやって過去を消し去り、「そろそろもういいんじゃないか。また始めても」と、血にまみれた「普通の国」に戻ろうとしている。それが恐ろしいですよね。
—おっしゃるように加害の歴史が語り伝えられていないことが、戦争への意識の変化につながっているように感じます。「戦争をしないために武装する必要がある」という主張で軍事化を肯定したり。
塚本:デモに行ったりしている人は違うと思いますが、若い人たちのなかでも「(戦争を)やる時はやらないと」という考え方がだんだん大きくなっていると感じますね。でもそういう人たちも戦争に賛成しているというより、「頑張って守らなきゃ」と純粋に良かれと思って言っている。そう思わせてしまう大人たちに腹が立ちますね。
だからこそ、アレンさんの映画のようなものを作って、小さな石つぶてでも投げなければいけないと思うんです。いまは戦争に傾く力があまりにも大きくなっているので、こちらから石つぶてをいくつも投げて、少しずつでもバランスを取り戻したいと考えています。
—最後の質問です。塚本監督は映画を通じて反戦を訴え続けてきましたが、戦争が以前よりも身近な問題として感じられるいま、私たち一人ひとりには何ができると思いますか?
塚本:難しい問いですよね。戦争をする、ということを頭で大きく捉えるのでなく、自分や自分の最も愛する人が、戦争がなければ友達になれる相手国の人と戦い、体と未来の可能性を粉々に壊すか、あるいは壊されるか、つまるところそういう場所である、ということを想像してから、ではどうするか、と見つめることかなと思っています。僕自身にできることは、そういう戦争の恐ろしさを実感として伝えることだと思っています。頭で理解するだけではなく、体でその恐ろしさを感じてもらうこと。それが映画を作ることで自分にできることなのかなと。
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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
kino cinéma 新宿ほか 全国で公開中
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也
出演:ロドニー・ヒックス
ジェフリー・ラッシュ
マーク・マーフィー
リリー・フランキー
タチアナ・アリ
原作:『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
参考文献:『戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言』(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)
- プロフィール
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- 塚本晋也 (つかもと しんや)
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1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。89年『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。世界三大映画祭のヴェネチア国際映画祭との縁が深く、『六月の蛇』(2002)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、『KOTOKO』(2011)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。『鉄男 THE BULLET MAN』(2009)、『野火』(2014)、『斬、』(2018)でコンペティション部門出品、『ほかげ』(2024)はオリゾンティ・コンペティション部門へ出品された。俳優としても監督作のほとんどに出演するほか、他監督の作品にも多く出演している。
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