「フジワラノリ化」論 第9回 石橋貴明 毒舌の賞味期限をめぐって 其の二 時代と寄り添いすぎた石橋の不遇

其の二 時代と寄り添いすぎた石橋の不遇

とんねるず、と改めて打ち込んでみると、ああそうか、「トンネル」と複数形を示す「ず」を合わせた名前なんだなとキチンと気付く。「トンネル’s」というわけだ。もはや「とんねるず」という名前を画像で把握しているものだから、解体して味わうと、何となく新鮮味を覚える。光の閉ざされたトンネル、しかし、トンネルを出る頃には眩い光が飛び込んでくる、それがトンネル。少なくともいつも光を浴びる、晴れやかな天性のスターではないということだ。学校のクラスでどういう奴が人気を博していたのか、そして笑われていたかを振り返っていくと、気質として既にスター性を持っているヤツ、不器用なんだけど咄嗟の一言やリアクションで瞬間的に笑いを作り上げるヤツ、この二種類に分けることが出来る。クラスの皆が笑ってくれるという反応は同じであっても、そこへ至るアプローチは全く異なる。スター性を持つ奴に技法は要らない。しかし、後者には腕が問われる。そして状況把握能力を厳しく問われる。出ていくタイミング、その上での見せ方、そういった複合的なセンスを合わせなければ、一つの笑いを起こすことができない。石橋の学生時代は、スター性うんぬんよりもこちら側だった。だからこそ、策略的だった。小学校4年生を迎える時期に別の小学校へ転校することになった石橋は、全校生徒が集う始業式で自己紹介をしなければならなかった。しかし、彼はその始業式をズル休みする。「新学期の初日なんて、みんなソワソワしてるしさ、そんな日に『きょうから転校してきた石橋です』なんて言っても、印象薄いじゃん」(「とんねるず 大志」扶桑社文庫より)、そして翌日職員室へ行き「よろしく」と挨拶をしたという。クラスに入ると、あえてあまり口を開かずにミステリアスな自分を演出し、興味を惹かせた。その間に本人は、淡々と、このクラスのトップはどいつでどういうヤツなんだと見極めていたという。実に「らしい」エピソードである。何となく人気者になろうとするのではなく、人気者になるためには何をすればいいのかを考え抜いておく、その脳内の下準備は、今の石橋にも変わらぬ部分がある。高校野球部の部員仲間に披露していたネタが「星一徹の眉毛」だというのだから、まさにこの頃から「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」は始まっていたのだ。

その瞬間、その状況に笑いを呼び込む態度は、いわゆる根っからのお笑い芸人志望とは違っていたのであろう。ゆくゆくの為に自分に芸を染み込ませていくのではなく、彼は「その場」を重視した。こいつおもしろいよなぁと言われる為に手を尽くしたのだ。素人参加番組で目立ち、クラスのヒーローになる、その精神なのだ。現在の石橋貴明がお笑い芸人と呼べるのかどうかは簡単に結論を導ける所ではなさそうだが、どちらにしても、彼がお笑い芸人という枠組みを信頼しきっていることは無さそうだ。色々な要素が絡み合っているとはいえ、彼が今のお笑いブームから取り残されているのには、とかくお笑い芸人としての手練手管を突き詰めることへの興味の薄さもあるはずだ。前出の本の中で彼は、学生時代から自分はアドバイザー役・マネージャー役だった。だからタレントではなくマネージャーのほうが似合っているのではないか。そう思いながら、(この本が出たのは1989年のことだが)自分の将来を予想して「五年後どうなっているか、(中略)ひょっとしたら裏の方になっているかもしれない、石橋貴明としてはそういう指向があるから。タレントをやりながら、プロデュース的なことをもっとやっているんじゃないかな」と述べている。

とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンなど、80年代の中盤から後半にかけて人気が出てきたお笑い芸人を「お笑い第三世代」と呼ぶ。今、テレビ番組を覗いて、このコンビが純粋に絡み合う姿を見かけることは少ない。その3つのコンビの今を考えてみて気づくのは、今現在、そのコンビだけではコントをやらない、という点であろうか。ウッチャンナンチャンはもはやウッチャンとナンチャンの活動に分けて全てを進めているし、ダウンタウンも、一部ではトークコーナーとはいえ漫才を残すものの、基本的には、周りにいる誰か、それは大抵の場合、自身のファミリーと化した誰それである場合が多いが、その関わりの中で笑いを作り上げていく。松本にとっての浜田というのは、その場を壊す自分の壊しっぷりを最大限広げてくれ、修繕しつつ、ある形をとどめさせていく役割を持つ。浜田が松本の頭をパチンと叩くあの光景に、外れは無い。はい、終わります、という合図なのだ。だからこそ、彼らには周りに誰それがファミリーっぽく居ようともまだまだコンビ感が強く残っている。とんねるずはどうであろうか。

「フジワラノリ化」論 第9回 石橋貴明

90年代後半に入る、すなわち第三世代として10年を経った頃からの動き方に注目していこう。一言で言えば、コンビとしての活動が薄らいできたころだ。毎年好例で行っていた苗場でのコントライブは、2000年を持って終了し、その後コンビでのコント活動は行われていない。木梨憲武が山本譲二と組んで演歌歌手として楽曲をリリースしたのが96年、一方の石橋貴明は工藤静香とのデュエットソングを97年にリリースする。「タレントをやりながら、プロデュース的なことをもっとやっているんじゃないかな」と自身が語っていたように、お笑い芸人としての枠組みを活かしながらもプロデュースする側に立ち始める。自分達の周りにいるスタッフ連中を集めて音楽グループ「野猿」を組んだのは98年のこと。このように起きた事実を並べるだけで、90年代後半から、とんねるずとしての意識が、コンビから外れていくことが分かる。

現在、とんねるずが積極的に互いと絡み合う場面となれば「食わず嫌い王選手権」になるだろうが、ご存知のように、互いの隣にゲストがいて、料理を挟んで会話し合うというものだ。もはや、コンビというより対戦相手だ。しかも、石橋が木梨のことを、木梨が石橋のことに言及する場合、彼らはその相方ではなく、カメラの後ろにいるスタッフに話しかけるケースが多い。石橋→スタッフ、スタッフ→木梨、という目の流れである。だからといって、とんねるずって仲が悪いのか、という議論を持ち出しても意味は無い。カテゴリーに押し込むほうが話を分かりやすくすることができそうなのでそうするが、木梨がなんとなしに「文化人」化し、石橋が露骨に「プロデューサー」化したのが、2000年をまたぐ前後数年だったのである。記憶から薄らぎかけているが、「野猿」という思いつき企画はとてつもない成功をおさめた。番組を作る大道具から照明まで引っ張り出して即席で組まれたグループは、モーニング娘。を生んだ「ASAYAN」的なアプローチで、これだけ売れなきゃこの中から2人が脱退だ、などとそのグループの動向に気を向けさせるドラマを作り出してみせた。その少し前に流行をかっさらった猿岩石の存在も頭のどこかにあったのだろうか、芸人+業界人でドラマを作り上げた石橋の腕は、この野猿の一連の流れに絶頂だった。

2000年代も半ばに入ると、時代が、簡易な一言ネタとその変形ばかりを求めるようになった。一曲丸ごと聞かずに着メロとして味わえれば気が済むような態度が、お笑いに対しても注がれたのだ。石橋の話芸は、クドい。繰り返しこってりと、いちいちうるさくべたついている。その「時間のかかる展開」を世が求めなくなった。「爆笑レッドカーペット」が象徴的だ。一つのネタがオチたら、芸人が乗っているカーペットが横に移動して芸人は消えていく。じっくりコトコト煮込まずに、立ち食いそばのように、お湯でほぐすだけで良しとしてしまう。石橋の旨味は、繰り返しのクドさだ。「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」も「爆笑レッドカーペット」と同じように、ネタが追わるとその舞台が落とし穴になって落ちるという形で消える。しかし、レッドカーペットと違うのは、そこで受けた芸人も何度も繰り返し呼び、そこで同じネタの変化球を求める所である。あれは一般参加の素人だが、落合博満のモノマネをする人が出てくれば、ゴロをさばく落合、スローモーションで見る落合のバッティング、契約更改記者会見で見る落合、と、その落合がどう変化していくのかを笑いに変えていく。こういう笑わせ方は、少なくなった。例えばもう殆どエロ詩吟の人を見かけなくなったように、繰り返しに堪える芸人を作ろうとする番組が無いのだ。それは何より、視聴者の嗜好が繰り返しを拒んでいるからである。その中にあって石橋貴明が貫いてきた、時代との距離感をいかに切り取るかというクドい作法はお笑いから、テレビから、世間から、取り残されている。だがしかし、この不遇にあっても、繰り返しを信じる所に、個人的な石橋貴明への信頼感はまだまだ揺るがない。

次回は、「七光り娘論:IMALUと穂のか」と題し、同時期にデビューした明石家さんまの娘・IMALUと石橋貴明の娘・穂のかを考えていきたい。かつて同連載で取り上げた関根麻里の存在をブツけながら、親の七光りを娘はどう扱うべきかを捉え直していく。



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