CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2010年1月配信分(vol.257〜260)

vol.257 ふんわりおひめさま(2010/1/4)

全裸

あと4日で1年が終わろうとするラーメン屋の店内となれば、やはり総括しにかかる仲間達で溢れている。書店員と思しき2人組が書店内の人物査定に励んでいた。新しく入ってきたアルバイト2名に対する課長の評価はこうだ。「俺は、一生懸命努力して50点の奴より、不真面目で70点の奴を評価する。何故ならここは学校じゃないからだ」。部下はそれに頷いていた。「おいっ、俺のビールがまだ来てないよ」と、店員ではなく、ひとまず部下を責め立てる感じを見ていると、厄介な奴なのであろう。隣で独りタンメンをすすりながら、この人物査定法は果たして正しいのだろうかと考えていた。

無論、正しくはない。不真面目による減点と真面目による加点が結果的に20点もの差を持ったまま成り立ってしまう職場は、おそらく現場管理者すなわち課長の手に寄って改善すべき点を大いに抱えているに違いないのだ。そして、この発言から汲み取れるのは、課長である自らには相当甘い点数を投じているであろうってことで、自分は95点、あともう一歩でパーフェクトな課長、それなのにアイツらは、とラーメン屋に部下を巻き込んで麺をすするのだ。どうしてだ、この時点で点数ジャッジに及ぶキミと部下とアルバイトの構図に、疑問は涌かないのかい。

何故ならここは学校じゃないからだ、というのも気になる。そして、気に障る。では、ここはどこだというのか。ラーメン屋だ。それか、書店だ。んで、そこはどこなのか。学校は努力を必要以上に汲み取るが、努力を冷徹に見捨て、即座に結果を求めるのがここだ。だから、そこはどこなのだ。部下が、それが社会ってもんですもんね、と課長の機嫌を取った。なんだそれは。しつこいぞ、私は。ところで社会って、どこにあるのか。「社会ってそういうもんだから」という断定をする輩には、頭が悪いフリをして、ええと社会ってそもそもどこにあるんですか、と聞いてみると良い。それでも聞く耳持たなければ、大江戸線経由でしたっけ、それともやっぱりJRで行ったほうが近いんでしたっけ努力には、と、いよいよ怒らせてしまって構わない。

大味に対する味覚が甘くなっている。社会とか世界とか、希望とか夢とか或いは悪とか、ものすんごく漠然とした、ただし大きいスケールだと決まり込んでいるものに関して、疑いを持たなくなっている。課長が、自分が引き上げなければならない目の前にある50点と70点を、仕上がった結果として査定してしまえるのは、自分が「社会」を知っていて、その社会の文脈におさまらないのであれば、過程はどうあれ排除されるべきだと彼が決め込んでいるからだ。だからこそ聞きたいのだよ、ところで社会ってどこにあるのか。学校とは違うらしいが、社会はどこにあるのか。

ゼロ年代が終わって気付くことは、正にその「ゼロ年代」という言葉がそうだったのだけれども、カテゴライズを急かす時代だったということだ。ある枠組みの中に押し込んで消化出来ればその枠に馴染ませ、馴染まなければ異端化させて、結果的に枠組みを語る手助けとする。かなり好都合な仕組みだった。要するに、自分側の主語を大きめにしておけば、小さめのものに負けることはなさそうだという安全策から論が練られていく。発言を補填する為にヴォリュームを上げていくという手法が通じないようにしたい今年なのだが、どうだろうか。ラーメン屋で唸る課長を前に心配は募る。

そんなもんで今年もここでお世話になります。社会とか世界とか、あやふやな大味は用いません。今日、薬局で通りかかったオムツ売り場で「ふわりおひさま」を「ふんわりおひめさま」と間違えて読みました。でもそのとき、もしかしたら「ふんわりおひめさま」の方が売れるんじゃないかと思ったのです。……こういう話を、今年も重ねていきます。

vol.258 色々とあったことの色々具合(2010/1/12)

全裸

*小学生の会話が聞こえてきて、「淡々、そう、淡々と」と繰り返し声に出していた。これはマズい、とさすがに思った。この悟りっぷりは危険水域だと。入りたての小学生が、このまま高学年となり、中学生となる。きっと、その先まで彼らには見えていて、「淡々と日々をこなしていけば何とかなる」と確かめ合うスクールゾーン。詳しい中身を聞いておく必要にかられて、自転車の速度を緩めてみた。彼らはカスタネットを持っていた。なんとなくのリーダー格が主導権を握っている。「タンタタン、そうそう、タンタタンって」。発表会の練習のようだ。みんなのタンタタンをひとつにまとめあげる為に、必死に声を張り上げている。寒さの中で手がかじかんでいる。それを「淡々とだなんて」と嘆いてみせた自分を嘆く。

*かしこまったOLが朝から彼にハート付きのメールを送りまくっている様子を覗き込んでは、「ということは、そのカバンに刺さっている日経新聞は嘘ではないか」と問いかけてみたい代々木駅だったのだが、OLはそうならないように、例の、携帯保護シートやらを貼り付けていて、こちらはちっとも楽しくない。ハートマークに違いないメールをそそくさと打ち終わると、株式情報を斜め読みしている。どうしてそんなに厳しい表情をしているのだろう。何が、降り掛かっているんだろう。痴漢を防止するとかってんじゃなく、あらゆる対人との関係性を門前払いで吹っ飛ばそうとしている。

*調べものの必要性にかられて、公的な図書館へ出向いた。常備されているパソコンで記事の検索をし、該当する雑誌書籍を受け取り、別のフロアへ持っていきコピーを依頼するという面倒な過程を経てようやく必要な資料が手に入る。一度にコピー出来る枚数も著作権法で定められていて、10冊100頁までと決められている。とりわけこういった場所は、例外を嫌う。誰かの110枚をオッケーにした途端、110枚が基準となり、そのうち120枚を狙い始める。そうさせないために、スタッフは毅然とルールを遵守する。前の人が、医者の学会論文が100枚を超えていたようで、ダメですと戻されている。彼は不満顔だ。ここまで30分は拘束されている。またそれを繰り返さなければならない。ところで自分は、8つの雑誌をドカンと差し出して、多分100枚くらいですねと言い張ってみた。澄まし顔でお姉さんは電卓を打った。表示には「102」とある。出直しか。そしたらそのお姉さんは、いきなり破顔して「102枚は許容範囲ですっ」と言った。「です」ではなく「ですっ」だった。法律を超えた笑顔、この貴重さ。

*「釣りバカ日誌」が終わってしまった。テレビでやっていれば観るけどね、という輩が多すぎることに腹を立てて、10年前から全て劇場で観てきた。隣り合うオバ様から団子を貰ったこともあった。ポップコーンの匂いに包まれる映画館のはずが、漂ってきたのは、いなり寿司とかんぴょう巻きの匂いだった。つまり、花見の後、みたいな匂いがした。始まる前の告知映像が、過剰に音を上げるハリウッド大作にさしかかると、オバ様たちは、「キャー、音がデカいわねえ」と、さらに大きな声で仰け反った。ようやく静まって松竹映画の富士山がワイドに広がると、みんなが途端に、安心しきった顔をした。静まった中に、空になったプラケースを輪ゴムで巻いている音が響いてしまう。とっても好きになれる瞬間がスクリーンの内外からやってくる映画だった。

vol.259 カネてから気になっていたこと(2010/1/18)

全裸

政治とカネの問題が指摘されているけれど、この場合の「カネ」はどうしてカタカナが多いのだろうかと考え始めた。物事を茶化そうとしているのだろうか。「政治と金」より「政治とカネ」のほうが、札束が飛び交っている感じがする。「いいから、だまって、これをとっておけ」「そ、そんな」「遠慮すんな」「は、はい」「おい、この野郎、床に頭つけて礼したって、もう出てこねえよ」というような安っぽいドラマが展開されていく。

やっぱカネっしょ、と言い張る女子高生の目が泳いでいる。親に愛されなかった自分を慰めてくれるのはカネしかない、と彼女は言う。そんなことは無いよ、人の温もりってもんをキミは知らないんじゃないかと誰かが言う。ほら、キミの目は泳いでいるじゃないか、本当に愛されるってことを知らないんじゃないのかい。うん、そうなの。ようやくわかってくれる人が現れたのかもしれない。カネなんて、道具でしかない。あれに、感情は無いの。そんな映画を観た。なんだかなあ。

いいのよいいのよ、こないだのパスタランチだって横山さんが出してらしたじゃないの。それを言うなら坂本さんこそ自治会の秋祭りの打ち合わせの後に行った喫茶店で珈琲ご馳走になったじゃないの、こちらよ払わなきゃいけないのは。テーブルの上を、千円札が行き交っている。受け取らない、もう一方も受け取らない。繰り返している。「ちびくろサンボ」ではトラがグルングルン回ってバターになってしまうが、この場合、このオバサマ達は何に溶けるのか。毛染め液か。

お金じゃ買えない価値がある。というCMがある。いけ好かないが、イイ感じ仕上げられたCMだ。急に気付いた。そういえばあのCMってその後に「買えるものはカードで」と言う。これってどういうことなのか。お金だけに縛られてしまっては、大事なものを見失ってしまうんじゃないのかと諭した後で、カードで買おうと言う。御存知、見失うのは、カードのほうだ。「プライスレスかと思わせてしまう」のが、カードだ。30年ぶりに行った夫婦二人だけの温泉旅行、プライスレス。しかし、それに行かずに失った機会費用としてのパート代、14000円。忘れさせるためにはカードで。

結局はカネなのか、これは小沢一郎だけでなくともあらゆる場面で言われてしまう言葉だ。だけど本当にそうなのか。真心が一番、なんて、クサいことは言わんよ。あれは四番目くらいだ(暫定順位)。カネって、物事を簡略化しつつ複雑化する。その中心人物となっているだけで、大した表情を持っていない。香里奈の大根芝居のほうが、幾分表情があるよ。いやそれはどうかな。出口の無い愚論が、270円均一の居酒屋で続いていく。「何皿でも頼んじゃうよね」と僕が漏らしたのは、もう6回目くらいだ。おカネを気にしているらしい。

vol.256 皿割りとカバン持ち(2010/12/21)

全裸

ところで最近ムカつく事は、と聞き取りにくい地下鉄の中で聞かれたので声を若干張り上げて2つあると答えた。1つ目は、外食する場所で店員が食器類を落とした際に即座に放つ「失礼しましたー」だ。ガッシャーンと音がしたと同時にそこら辺にいた店員が一斉に反応して声を上げる。かつて、ひとまず親に謝ってみて「謝ればイイってもんじゃないの」と返され、ではどうすればいいのかと悩んだ経験を誰しもお持ちだとは思うが、それとこれは違う。むしろ親の立場に近い。そう、「謝ればイイってもんじゃない」だろう。沢山の皿を運んでいれば皿を落として割ることだってある。そこを厳しく問いつめる気はないし、「おい、なに割ってんだよこの野郎」と誰かが激高する光景に出くわしたことも無い。破片がシーフードパエリアの中に入り込んで貝殻なのか破片なのか分からなくなったらさすがに謝罪を強要するかもしれないが、厨房で割った皿について公的な謝罪を求める気など更々ない。謝られる筋合いがないのだ。それでもなおあちらは遠くで「失礼しました」と叫んでいるのだから、こちらに及ぼした悪影響とは何か、を無理に考えていけば、それは大きな音を出してしまったからと落ち着かせることができる。そうすっとだね、矛盾が生じるよね。大きな音を出したことを謝る為に店員皆が声を合わせて「失礼しましたー」と大声を再度上げるという行為は、謝るどころかそちらが予想するこちらの不快の増幅にあたらないだろうか。大きな音を出してすみませんと、大きな声で謝るのだ。「謝ればイイってもんじゃない」と遮った親がこちらに何を求めていたか。「なぜ謝らなければならない事態に陥ったのかを考えろ」と、沈思黙考を促したではないか。全くもって、親は正しい。皿割り店員と周りの「失礼しましたー」合唱隊は、もう一度親からの問いかけを思い起こすべきだろう。

あと1つはなんですかと問われ、そこら辺を見渡すとたまたま該当者がいたので、小さく指差した。男が女の小さなバッグを持ってあげているという、あの珍奇な優しさの発露についてである。男は、小さなバッグまで持ってあげる優しさ、という顔を晒している。女は、小さなバッグまで持ってくれる優しさ、という視線を注いでいる。重い荷物を持ってあげるのが男性ってもんという前提が今この時代に成り立つのかどうかは分からない。男性に荷物を持ってもらうなんて絶対嫌と誓う女性も多いだろう。しかし、体の作りもある。米を買ったなら、冷蔵庫を貰ったなら、古本を買い漁ったなら、それを持ってあげるくらいのことはしよう。しかし、ケータイと化粧ポーチと文庫本くらいしか入っていない小さなバッグを、なぜ男が持たなければならないのか。二重の苛立ちが生じる。先ほど記した通り、持って上げているぜという男と持ってくれてるのという女の、ラブラブの合致。その合致がバッグの持ち方/持たれ方によって示されていると信じ込むお二人の誇らし気な所作。

ちょっとこれよりイイ事言いますよ、私。愛情を示すのに、そういう簡単なアイテムに投影させるのはいささか軽薄ではないか。ラブラブ濃度を示すためにわざわざ終電間際の改札でベタつくカップルがいるが、あそこまでイレギュラーな環境に置かれなければラブ濃度を高められないなら、そもそも高くないと考えてみてはいかがだろう。軽いバッグを持つか持たないかでラブを交歓させる怠けた風景に、拾った雑誌を詰め込んだ大きな袋を担いだ浮浪者の姿が飛び込んできた。彼氏、そっちを持ってやれよ。モテるぞ。



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