テクノロジーが剥き出しにする美の世界 高谷史郎インタビュー

カメラやプリズムなどの光学装置を用い、ときには新たな技術開発にも自ら携わり、テクノロジーを駆使した映像インスタレーション、パフォーマンスを制作するアーティスト、高谷史郎。1980年代よりアーティストグループ「ダムタイプ」のメンバーとしても活動をしてきた彼にとって、なんと初めての美術館個展『高谷史郎 明るい部屋』が、東京都写真美術館で開催されている。

写真に関わる評論を数多く残した哲学者ロラン・バルトの著作を引用した『明るい部屋』という展覧会タイトルには、映像表現の原点でもある写真を軸とした高谷の思想の一端が潜んでいるのだろう。同時に日本におけるメディアアート表現を切り拓いてきたアーティストグループ、ダムタイプのメンバーとしての高谷の姿も見えてくるはずだ。展覧会開催を間近に控えた高谷にインタビューした。

アートの神秘性に価値を見出すのでなく、すべてを明らかにすることで、別のアートの可能性をバルトは示唆しているんだと思います。

―ダムタイプとしての活動や、坂本龍一さんや中谷芙二子さんとの共同制作など、非常に多面的な作品発表をされてきた高谷さんですが、今回が美術館初個展というのは意外でした。展覧会のコンセプト、展示内容について教えていただけますでしょうか?

高谷:2008年に、ドイツの国際舞台芸術祭『THEATER DER WELT』に招かれて、『明るい部屋』という同名のパフォーマンス作品を発表したんです。これは哲学者ロラン・バルトによる写真論のタイトルが元になっていて、「写真がいかにアートたるか」といった本の内容にインスピレーションを受けて作ったものでもありました。

パフォーマンス『明るい部屋』2012年 撮影:福永一夫(参考図版)東京都写真美術館提供
パフォーマンス『明るい部屋』2012年 撮影:福永一夫(参考図版)東京都写真美術館提供

―バルトの『明るい部屋』はたしか、写真という表現の枠組み的な話ですよね。イメージを囲むフレームの問題であったり。

高谷:そう。写真の本質について語られている内容を読んでいくと、まるで僕たちがダムタイプの頃から作ってきたマルチメディア作品……古くさい言い方ですけども、そういった新しいメディアを使ったアート作品の形態が、いかにアートたりうるかをずっと悩んできたダムタイプの時間とも重なるなと、ふと思ったんです。それが『明るい部屋』というタイトルとの最初の出会いです。

―発表されているプレスリリースを見ると、今展覧会も写真に対する言及が軸になるようですね。

高谷:2年くらい前に展覧会の話をいただいたのですが、やはり写真専門の美術館ということもあり、自分でも同名のパフォーマンス作品を作っていたので、『明るい部屋』はタイトルにぴったりだなと。バルトの言説に寄り添いながら、僕の作品テーマでもある「光学的なもの」を取り込んでいくような展示になります。

高谷史郎
高谷史郎

―高谷さんが思うバルトの言説というのは、どういうものなんでしょう。

高谷:普通、写真というのは「カメラ・オブスクラ」(カメラの元になった光学装置、『暗い部屋』という意味)、つまり「暗室で生まれるアート」という感じがします。そこにバルトが「明るい部屋」という言葉を付与したことにすごく大きな意味があると思うんです。すべてを明らかにすることが写真に課せられた役割であり、本質であり、それがアートの力になるはずである……と。多くの場合、アートって神秘性や謎めいたところに価値が見出されますよね。でも、そこからの逆転の発想というか、すべてを明らかにすることで、個人の感情や物語性から外れた、別のアートの形態を考えていくことの可能性を、バルトは示唆しているんだと思います。

―展覧会の構成についてはいかがですか?

高谷:2004年に大阪の児玉画廊(現在は京都と東京)で展覧会をしたとき、『Camera Lucida(カメラルシダ)』というインスタレーション作品を作ったのですが、それを出品します。レンズとスクリーンだけを組み合わせたようなオブジェで、レンズの前にある対象物をスクリーンに映し出します。普通のカメラだとレンズとファインダー(スクリーン)の間に暗箱があって、きちんと遮光されたハレーションのない綺麗な映像が撮れるんです。でも、この作品はそういった機構が一切ないので、ボケボケの映像しか映らない。

『Camera Lucida f85mm』2004年
『Camera Lucida f85mm』2004年

―そんなボケボケの映像が作品になるんでしょうか?

高谷:映像が生まれる瞬間をとらえたかったんです。『Camera Lucida(カメラルシダ)』は「光の部屋」という意味なんですが、たとえば筆を使うことで絵が生まれますよね。そして完成することでその絵が「作品」になる。一般的にはそのように考えられています。では、カメラのような光学機器においては、どこまでがただの映像で、どこからが作品としての映像になっていくのか。レンズとスクリーンだけで構成することで、それが見えてくるような気がしたんです。極端な話、スクリーンが存在せず、肉眼で目視できなかったとしても、そこには映像が存在するはずなんです。最低限の要素で構成された装置によって生まれる最初の映像を観てみる。そういう試みの作品です。それから『frost frames』という1998年に制作したビデオインスタレーションを今回新たにアップデートしたものや、新作も3つ発表します。

『Camera Lucida f85mm』2004年
『Camera Lucida f85mm』2004年

よくわからないモノを感性という言葉でごまかしていくんじゃなく、剥き出しにした上で、それでも綺麗なものを観たい。

―高谷さんの作品には、最先端テクノロジーの力を借りて、今までは見えなかったモノの解像度を極限まで高めていくようなイメージがあります。それゆえに、簡単には共有することのできない技術的・思想的なブラックボックスがあって、僕たちと作品の間に距離を感じさせる印象もありました。ですが、『Camera Lucida』のお話を伺っているとむしろ逆で、高谷さんは物事を成り立たせる原理を開けっぴろげにしようとしているのかもしれません。

高谷:不思議なものより、科学的な考え方が好きなんです。科学なんて開けっぴろげの象徴みたいなものじゃないですか? すべてが開示されていないと意味がないというか。

『Chrono / 37°47‘55.99“S,144°58’51.56”E,21 September 2006(location:Melbourne, Australia)』2006年
『Chrono / 37°47‘55.99“S,144°58’51.56”E,21 September 2006(location:Melbourne, Australia)』2006年

―幽霊なんていない、みたいな(笑)。

高谷:一方で開けっぴろげにしても、まだそこに何か美しいものが残っているということがすごく不思議に感じる。暗かったり謎めいたところに美を感じるのは簡単だけど、解像度を上げていっても美は依然として存在する。顕微鏡写真も綺麗ですよね。よくわからないモノを感性という言葉でごまかしていくんじゃなく、剥き出しにした上で、それでも綺麗なものを観たいと思っています。

「既存の何かをぶち壊してやる」、そんな気持ちも少しはあったかもしれないけれど、自分たちも悩みながらやっていたというのが本当のところです。

―高谷さんはアートの持つ曖昧さよりも、デザインや建築の持っている明瞭さに惹かれ、大学でも環境デザイン科に進まれたそうですね。

高谷:その当時、僕にとってアーティストというのは、すごく偉大で恐れ多いものだったんです。そして同時に独りよがりなものにも見えていました。デザイナーや建築家のほうが、社会と関係しながら自分の作品を作っていける仕事だと思いましたし、「社会にとってアートが本当に必要なものなのか?」っていうのも、すごく微妙な問題だと思っていました。

『事後と沈黙』2013年
『事後と沈黙』2013年

―とすると、当時、高谷さんがダムタイプに参加される際に感じていたものというのは、最先端テクノロジーを駆使したアーティスト集団というイメージではなかったんですか?

高谷:ダムタイプは、大学のサークル活動の延長のようなものでした。古橋悌二を中心とするメンバーの人たちがすごく魅力的な人ばかりで、彼らと関っていることがとにかく面白かった。だから僕はその中で、照明や映像、舞台装置やチラシデザインなど、自分ができる範囲内で必要とされることをやっていたわけです。

―2011年に早稲田大学坪内博士記念演劇博物館で、ダムタイプの展覧会『LIFE with ART 〜ダムタイプ『S/N』と90年代京都』がありました。それはダムタイプの作品紹介というよりも、ダムタイプのメンバーが中心になってかたち作られていった、京都のアーティストコミュニティーを振り返る内容で、「最先端技術を駆使するアーティストグループ」というような、ダムタイプのイメージが覆される印象を持ちました。ダムタイプは非常に人間味あふれる集団であり、場所だったんだなあと。

高谷:この間も誰かに言われたんですよ。「ダムタイプって小難しいアーティスト集団で、怖い人たちだと思ってた」って(笑)。でも、たとえばHIVやジェンダーという社会問題を扱った『S/N』にしても、「アーティストが社会にどういう関わり方ができるのか?」っていう、古橋や僕らが本当に日々悩んできたことの延長線上にある作品だったんです。「既存の何かをぶち壊してやる」、そんな気持ちも少しはあったかもしれないけれど、自分たちも悩みながらやっていたというのが本当のところです。

―「ダムタイプ=難しい」っていうイメージは、バブル期日本の時代状況によって生まれたものかもしれません。情報化され、発展していく日本社会の恐るべき子どもたち、みたいな。

高谷:僕らからすると意外でしたよ。全然そんなことないのに(笑)。

高谷史郎

新しい作品のために、7,000×30,000ピクセルの映像が撮影できる、高解像度の撮影装置を作ったんです。

―そうは言いながらも、高谷さんの近年の作品には、高度な技術研究に裏打ちされたものが多くありますよね。

高谷:そうですね。僕自身は1つのことを突き詰めていくのが好きなので、どうしても制作はそうした方向へ向かってしまいます。本展で発表する新しいシリーズ作品のために、高解像度のラインスキャンカメラを使った、大きな撮影装置を作ったんですよ。7,000×30,000ピクセルの映像が撮影できるっていう。

―凄い(笑)。

高谷:対象を原寸サイズで動画撮影できる、大型のスキャナーみたいなものです。そういう装置を使って、時間的な解像度と空間的な解像度の関係をどのようにとらえるか、というのが最近考えていることです。

『高谷史郎 明るい部屋』展示風景
『高谷史郎 明るい部屋』展示風景

―そのように「過剰な情報を視覚化する」というのは、同じダムタイプのメンバーである池田亮司さんの作品にも通じるような気がします。人間の処理能力を遥かに越えた情報の先にある何かを示すというか。ただ、池田さんの作品は少し乾いた印象があるのとは対照的に、高谷さんの作品は少しウェットな部分もあるような気がします。

高谷:ああ、そうですね。解像度を上げていくのは一緒だと思うんですが、彼の場合は、よりコンセプチュアルな感じになっていく。それはやっぱり音という表現だからだと思うんです。僕の場合は、解像度を上げていくにしても作品は物質であり続けます。僕が写真を好きな理由の1つは、いつまでも観ていられるということです。いろんな写真がありますけど、やはり物質的なディテールは存在し続ける。

―なるほど。

高谷:そういう作品を作っていきたい。写真をじっと凝視していても、どこまでも解像度が細かくて、最終的には目との勝負になってくるというのかな。自然の風景に解像度という概念はないけれど、人工的な映像には解像度が存在しちゃうわけで。だから、高解像度な映像や写真に憧れが向かっていくのだろうと思います。

『高谷史郎 明るい部屋』展示風景
『高谷史郎 明るい部屋』展示風景

最先端のテクノロジーを使うからカッコイイわけではなくて、技術とそれをどう使うかという内容がピッタリ合っている瞬間こそが一番気持ちいい。

―ちょっと難しい質問になってしまうのですが、最近のアーティストや研究者の中に「解像度」という言葉をキーワードとして使う人たちが増えています。映像作家はもちろん写真家にも多い。先ほど、時間の解像度と空間の解像度について考えていきたいという話をされてましたが、高谷さんが考える解像度の定義とはどのようなものでしょうか。

高谷:時間の解像度と空間(=平面)の解像度を上げていくうえでの相関関係を考えて作ったのが『frost frames』という作品です。デジタル技術が普及していなかった昔は、フィルムや印画紙といった物質的フォーマットによる解像度の制約がありました。しかし、最近はコンピューターの処理能力や、デジカメのCCDの解像度が上がってきたことによって、フォーマットの制約がほとんど意味を持たなくなってきた。

『frost frames』1998 / 2013年
『frost frames』1998 / 2013年

―ええ。

高谷:では、何によって制約されているかというと、記録媒体の処理能力なんです。そして映像の場合、時間の解像度(フレーム数)と、空間の解像度(映像のクオリティー)は反比例するので、たとえば4K(ハイビジョンの4倍の解像度を持つ高精細映像)で撮ろうとすると、秒間12フレームが限界で、コマ落ちしたカクカクの映像になってしまう。でも1Kで撮れば、秒間48フレームで撮ることもできる。もちろん、今後どんどん技術が発達していけば、4Kであっても秒間30フレーム以上で撮れるようにはなるだろうけど、このような時間と空間の相関関係は非常に面白いし、示唆的だと思っています。

―つまり、こういうことでしょうか。水槽があって、その中に注ぐ水の量は決まっている。蛇口を開放して激しい水量のダイナミズムを楽しむか、それともちょろちょろした水の流れを長時間楽しむことを選ぶのか、という。その時間と視覚(=空間)の関係が面白い?

高谷:そういうことだと思います。いつもこういう説明をしていると、僕ってアーティストらしくないな、って思うんですよね。アーティストって技術的なシステムよりも、そこから生まれる効果や結果を重視する人が多いと思うんですよ。でも僕の場合は、システムそのものにも興味がある。さっき言ったように、カメラ自体を作ることが何よりも楽しいんです(笑)。

『Cloud』2007年
『Cloud』2007年

―それはダムタイプの頃も?

高谷:そうですね。僕らは、当時マルチメディアと呼ばれていたものを構成する新しい技術が、はたしてアートたりうるのか、というのを問題にしていたわけです。最先端のテクノロジーを使うからカッコイイわけではなくて、その技術とそれをどう使うかっていう内容がピッタリ合っている瞬間こそが一番気持ちいい。その考え方は今でもずっと続いてます。今回の展覧会図録に、哲学者の柄谷行人さんに文章を寄せていただいたんですけど、その中に「(高谷は)アーティストとしては珍しく、アーティストとしての欲望が少ない」と書いてあって(笑)。

―(笑)。

高谷:ああ、そうだなあと思って。今回、柄谷さんに書いてもらったのは、2004年の大阪での個展でこんなことを話していただいたからなんです。「鏡に映る自分の姿は左右が反転しているので、完全な自分でもなく他者でもない。だからこそ、私たちは鏡に映る自分の姿をまじまじと覗ける。でも、自分の写真や録音された声に不快感を感じることがあるのは、左右にも反転していない本当の自分の姿がそこにいるからだ」。そして、「これだけ技術が発展しているのだから、左右が反転しない鏡が作れないだろうか」って。それで、僕は「作れますよ」と軽く答えてしまったんですね(笑)。

―エンジニア的発想で。

高谷:そうそう。ところが思いのほか難しくて10年も時間がかかってしまった。そして、今回やっと柄谷さんの要望を実現した作品を展示するんですけど、じゃあそのきっかけを作ってくれた柄谷さんに一言もらおうと(笑)。

『mirror type k2』2013年
『mirror type k2』2013年

もともとデザイナーになろうと思っていた自分が、図らずもアートに関っていくという運命を選んだからには、技術とマジメに向き合わないといけないと思ったんです。

―10年かけて技術開発するというのは、職人的な発想かもしれないですね。

高谷:柄谷さんがおっしゃっているのは、また違う意味での「アーティストらしくなさ」ではあるんですが、それはぜひ図録でじっくり読んでほしい……ということで(笑)。

―それこそ針穴に糸を通すような厳密さの果てに作品が立ち上がってくるというのは、高谷さんの非常にユニークな点だと思います。

高谷:もともとデザイナーになろうと思っていた自分が、図らずもアートに関っていくという運命を選んだからには、技術とマジメに向き合わないといけないと思ったんです。それから、やっぱり僕自身も、自分をアーティストだとはあまり思っていないところがあります(笑)。何て言えばいいかな……必然に駆られてここに立っているという感じです。

高谷史郎

―なるほど。

高谷:ダムタイプの延長でパフォーマンスのディレクションとかもしていますけど、まあ調整役なんですよね、結局。みんなから出てきたアイデアの要点を押さえつつ、どうまとめていくかっていうことをやっているんです。ダムタイプというグループの中で要求されてきたことと、自分の趣味的な部分が合体してできているのが今の自分。でも、アーティストと言っても、世界から完全に独立した孤島で生きているわけではなくて、社会の中で同じご飯を食べて生きている人間であるのは変わらない。あえてカテゴライズすれば「アーティスト」でしょうけど、そこに固執する意味は本質的にはないんですよ。

イベント情報
『高谷史郎 明るい部屋』

2013年12月10日(火)〜2014年1月26日(日)
会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館 B1F展示室
時間:10:00〜18:00(木・金は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)、1月2日と3日は11:00〜18:00)
休館日:月曜(月曜が祝日の場合は開館し、翌火曜日休館)、12月29日〜1月1日
料金:一般500円 学生400円 中高生・65歳以上250円

アーティストトーク
2014年1月3日(金)16:00〜17:30(開場は15:30予定)
会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館 1階ホール
出演:
坂本龍一
浅田彰
高谷史郎
定員:190名
料金:無料(『高谷史郎 明るい部屋』のチケットが必要)
※当日10:00より1階受付で整理券を配布
※アーティストトークの模様はライブ動画配信を予定

プロフィール
高谷史郎(たかたに しろう)

1963年奈良県生まれ。京都市立芸術大学環境デザイン科卒業。1984年より「ダムタイプ」に参加。ダムタイプの活動と並行して1998年より個人での制作を開始。近年の活動としては、2012年パフォーマンス『CHROMA』初演(びわ湖ホール)、『吉左衞門X:高谷史郎・音 / 映像 + 樂吉左衞門・茶碗』展(佐川美術館)、2013年『composition』(『シャルジャビエンナーレ』アラブ首長国連邦)、『CHROMA』(『マルセイユフェスティバル』フランス)。坂本龍一、野村萬斎とのコラボレーション『LIFE-WELL』(山口情報芸術センター)等。



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