坂本美雨が親子で美術館へ。美術館は親子にも開かれた場所

最近では、美術館でも子供や家族で楽しむことのできる展覧会が数多く開かれます。東京都写真美術館で11月4日まで開催中の『TOPコレクション たのしむ、まなぶ 夢のかけら』展もそんな企画のひとつ。館が所蔵する34,000点以上の写真・映像コレクションを、一風変わったキーワードでグルーピングし、写真史や美学的な視点にとらわれない写真の見方を発見しよう、という主旨の同展に、ちょっと名前の知られた親子が遊びにやってきました。

ミュージシャンの坂本美雨さんと、その1人娘で3歳のなまこちゃん(愛称)。ダンスなどの舞台を家族で観に行くことは多いそうですが、美術館で一緒という機会はあまりないという2人。いったい今日はどんな鑑賞会になるでしょう?

難しい知識はぬきに感覚や好奇心で写真を見れば、つられて体も反応する

2人を案内するのは、同館学芸員の石田哲朗さん。この展覧会の企画者であり、作品鑑賞やワークショップなどを通じてアートに親しむ方法を伝える「教育普及」担当として美術館で働いています。11歳と6歳の2児の父でもある石田さんは、『夢のかけら』展に大人向けの展覧会とはちがう性質を持たせたかったそうです。

石田:普通、アートの展覧会は「この作家はどんな新しいことをした?」「同じ時代の表現を見ると、共通した流れが見えてくるのでは?」といった風に、知識や作家性を中心にして組み立てていきます。そこには「学び」という要素があって、この展覧会シリーズも最初はそれがテーマでした。でも、もうちょっと感覚的な経験や、好奇心から広がる学びもあるはずで、それは「遊び」にも近づくのではないか、と思いました。それで「たのしむ、まなぶ」という主題にしたんです。本展はその2つめにあたる『夢のかけら』という展覧会ですね。

感覚や好奇心を入り口にする、という意識は特に最初のコーナー「大人+子供×アソビ」にあらわれています。

19世紀末フランスの裕福な家庭に育ち、茶目っ気のある視線で身近な光景に接したジャック・アンリ・ラルティーグや、セルフポートレートを撮影する林ナツミの作品は、どれもジャンプして空中に静止した瞬間をとらえています。ボールを空中キャッチしようとするスポーツマン。階段から元気よく飛び降りるスカート姿の婦人。どこにでもある壁の前で、超能力で浮遊したかのような姿の女の子。不思議だけれど身近さも感じる写真たちにつられるように、なまこちゃんも思わず何度も何度もジャンプしています。

坂本美雨となまこちゃん
坂本美雨となまこちゃん

ジャンプする、なまこちゃん
ジャンプする、なまこちゃん

坂本:このぐらいの年齢の子って、自分の知っているものを発見すると嬉しいんですよ。同じ年頃の赤ちゃんや、自分もできる動きに出会うと、すごく反応する。ジャンプも本能に訴えるものがあるんでしょうね。

カメラ付きスマホやSNSが普及して、宙に浮かんだ瞬間を撮った「ジャンプ写真」は誰でも楽しめる写真の撮り方のひとつになっています。敵から衝撃波を受けて吹っ飛ぶ瞬間をまねる写真が一時期ブームになりましたが、それも親しみのあるマンガやアニメの世界観から生まれました。好きなものごとをまねしてみたくなるのは、人間の本能なのかもしれません。

石田:今のカメラは早いシャッタースピードでも明るく撮れるので、昔よりもジャンプ写真はずっと簡単に撮れるようになりました。それと同時に、今なまこちゃんがぴょんぴょん飛び始めたみたいに、跳躍することってすごく直感的に心に訴えかけるものがありますよね。

ジャック・アンリ・ラルティーグ(20世紀初頭のフランスの写真家)は子供のころにカメラを与えられて、自分の家族が遊ぶ様子をたくさん撮っていますが、子供が感じる楽しさや驚きを大人になっても忘れなかった人だと思うんです。例えばジャンプという単純な遊びが、子供だけでなく大人の心もとらえて、重力から解放されて自由になっているかのような風景から、この展覧会を始めることで、ちがった世界の見方を示したかったんです。

ジャック・アンリ・ラルティーグ 『デスピオ、アンダイ』 1927年 ゼラチン・シルバー・プリント
ジャック・アンリ・ラルティーグ 『デスピオ、アンダイ』 1927年 ゼラチン・シルバー・プリント

親子で会話を弾ませながらの鑑賞に、なまこちゃんも大はしゃぎ

子供の背の高さでも見やすいように、ふだんよりも少し低い位置に作品が展示されている空間を、なまこちゃんと美雨さんは進んでいきます。鳥取の砂丘風景を愛した植田正治の作品の前で「この人はじーじ(坂本龍一さん)を撮った人なんだよー」と美雨さんが話しかけたり、東欧のジプシーや歴史的事件を撮影したジョセフ・クーデルカの作品前で「あ、馬だ!」と、なまこちゃんが叫んだり(なまこちゃんはポニー牧場での乗馬が大好き)。写真そのものを見るというよりも、写真をきっかけのひとつにして、親子の対話を弾ませているのが印象的です。

坂本美雨

なまこちゃん

そうやってたどり着いたのは、「わからないことの楽しさ」のコーナー。後で聞いてみたところ、美雨さんがいちばん好きだったというセクションです。

坂本:マーティン・パーの作品が気になりました。海辺なんだけれど、海水浴場にはまったく見えない場所で水着姿の大人と女の子がいる。不思議だけれど、そこにこそ人間らしさを感じる気もします。人にはみんな隠し持っている感情があって、それが出てきてしまう、写ってしまうのが写真なんだと思うと、とても面白い。

マーティン・パー『ニュー・ブライトン』〈ラスト・リゾート〉より 発色現像方式印画 ©️Martin Parr/Magnum Photos
マーティン・パー『ニュー・ブライトン』〈ラスト・リゾート〉より 発色現像方式印画 ©️Martin Parr/Magnum Photos

石田:今はネットで検索すれば何でも調べることができて、何でもわかると思ってしまいがちな時代。でもわからないことがあるからこそ本当は楽しい。そして「わからない」の場所から生まれる好奇心が学びそのものだと思うんです。

不思議な写真群の前に立って、少しのあいだ物思いにふける美雨さんと石田さんの大人チーム。でも、行動的ななまこちゃんは少し落ち着きをなくし始め、床やソファーに横たわったり、美雨さんを大声で呼んでみたりしています。

鑑賞中の美雨さんと展示室内のベンチに横たわりながら、作品をみつめるなまこちゃん
鑑賞中の美雨さんと展示室内のベンチに横たわりながら、作品をみつめるなまこちゃん

床にゴロンしたなまこちゃんをなだめる様子
床にゴロンしたなまこちゃんをなだめる様子

そのつど美雨さんは、なまこちゃんをなだめたり、作品に触れようとするのを注意したり、大声で「ママー!」と呼ぶなまこちゃんに声のボリュームを下げるように合図したり。そんな風に鑑賞は続き、2人は映像作品がある部屋に入っていきました。

真っ白な部屋が渦のような紋様で埋め尽くされたり、真っ黒に塗り重ねられたりして、めまぐるしく変化する様子をとらえる石田尚志(現代美術家、映像作家)の映像に、なまこちゃんの目は釘付けに。生まれたときからスマホやパソコンで映像に触れて育ったデジタルネイティブ世代にとって、アナログな手法で作られた実験映像は、難しいものではなく、親しみを覚える対象なのかもしれません。

2人で映像を鑑賞している様子
2人で映像を鑑賞している様子

坂本:美術館にあるオリジナルの作品や、写真集のような紙メディアではなくて、今の子供たちはスマホの画像で写真を見るのが普通なんです。それと、スマホの画面は触れるものだから写真を見るとどうしても触りたくなっちゃうみたいで大変(苦笑)。

うちの子の場合、小さい頃から自分が写真に撮られることが多かったから、今は写真を見るよりもカメラで撮る行為に興味が向いているみたいで、3歳の誕生日プレゼントは子供用のおもちゃのデジカメにしました。写真を撮ること=楽しいこと、っていう風に刷り込まれているんでしょうね。

「子育て中の親が、美術館は思ったよりも快適に過ごせるんだと思えるだけで、気持ちが軽くなる。そういう場を多くの人が求めていると思います」

鑑賞スタートから40分を超えて、なまこちゃんもそろそろお疲れの様子。別室へ移動して美雨さんへのインタビューを続けます。たまに、美雨さんは家族で美術館に行くこともあるそう。どんな体験を子供と一緒にしたいと思っているのでしょうか?

坂本:うちはわりと大人の気持ち優先で、自分たちの好奇心に合わせちゃってます。自分が観たいから行くのであって、子供に対して何か見せよう、とはほとんど考えません。もちろん環境的に静寂が必要なところでは配慮しますけど、過度に意識しすぎるのもちょっとちがうな、って思うんです。

坂本美雨

石田:子供へのまわりの目線の厳しさっていう意味では、3歳くらいがいちばん大変なんですよね。彼らが好きに動き回ってハラハラしちゃうようなところもありますし。もう少し大きくなると落ち着いて観られるようになる子もいます。

坂本:そうですね。写真展はちょっと大人向けなのかもしれないですね。でも、子供の反応ってその場でパッと出てくるだけじゃないから、今日の経験もきっとどこかで思い出すと思うんです。実際、急に「こういうのがあったよねー」って言い出して、私が全然気づかなかったものについて、すらすら話したりする。意外と細かく覚えているし、的確に反応していたんだなって驚くことも多いんです。

だから私個人の希望としては、子供と一緒に行くことのできる場所が、もっと多くなってオープンになってくれたらな、とは思います。

坂本美雨となまこちゃん

ニューヨークで育った美雨さんは、10代の頃、頻繁に美術館や博物館に通っていたそうです。セントラルパーク隣のメトロポリタン美術館に行くと、子供が展示室に座り込んでいたり、高校生が作品をスケッチしていたり、みんなが思い思いの時間の過ごし方をしていました。

坂本:美術館は、それぞれの自由が許されている場所だったんですよ。小学校・中学校に入って、友だち関係に悩んで行き場のない子ってたくさんいますよね。受け入れてくれる場所として、今は図書館が親しまれていますけど、美術館や博物館もそういう場所になってほしい。静かだし、安心できる。今年の夏みたいな猛暑だったら、涼しくて過ごしやすいし(笑)。

もちろん美術館が持っている静かな雰囲気も大切なものだから、いきなり「子供も赤ちゃんも何をしてもOK」となるのは難しいかもしれません。でも、例えば子育てしているお母さん、お父さんたちが「美術館は子供が来ても怒られない場所なんだな」って思える機会があるだけで、気持ちがふっと軽くなる。そういう場を多くの人が求めていると思います。

坂本美雨となまこちゃん

鑑賞中の様子
鑑賞中の様子

石田:私が「敷居が高い」と言うのはよくないですが、たしかに「みる」ことを中心に据えた写真作品は、中学生くらいから楽しさがわかる表現ではありますね。でも、私たち美術館の側ももっと多くの人に美術館を開いていきたい、と思っているんです。

毎年夏に開催しているワークショッププログラムの映像体験イベント『クロマキーランド』は、古今の名所風景やミニチュアのような世界を背景にして、そこに自分が入り込んだ合成写真を撮れるという催しです。プリクラのような記念写真的要素のあるプログラムで、毎年ご家族で参加する方もいる人気のワークショップです。

撮影する、暗室で現像する、といった手を動かすことも写真の面白さですが、親子で一緒に映った、作品を観た、という経験の記憶も写真の本質と結びつく行為です。そういったところから、東京都写真美術館をもっとたくさんの人に向けて開いていくことができれば、と思っています。

歌って初めて気づいた、子守唄や童謡の普遍的な愛

たしかに物事を記録して後の時代に伝えることのできる写真は、人の記憶と深く結びついています。歌や踊りと比べて、道具を必要とするぶんハードルは少し高いですが、フィルムやデータに焼きついた人の営みの記憶は、100年後を生きる人にも届けることができます。

坂本:私は20年間歌を歌ってきましたが、産後にCANTUS(女性9人による聖歌隊)と作った『Sing with me』で、それまでに感じたことのない体験をしました。昔から歌い継がれてきた子守唄や童謡を歌ったのですが、100年前も1000年前も、歴史上のお父さん、お母さんたちは子供たちに向けてこんな風に歌ってきたんだな、と感じたんです。

普遍的な何かに触れる音楽を作っていきたいとずっと思っていたけれど、そのときにはじめて人類の大河を流れる歌にやっと近づくことができた気がします。それ以来、自分の表現としての歌を歌うのではなくて、もっと大きな歌の一部として自分も歌っていたいと思うようになりました。それって、写真を撮る、見る、って行為とも似ているように思いませんか?

坂本美雨

鑑賞会と取材を終え、美雨さんとなまこちゃんは帰宅の途につきました。写真やアートの見方、感じ方はひとつでなく、大人も子供もそれぞれの関わり方を楽しむことができるし、それを周囲も許容できる環境は作れるはず。そんなことを思いながら、仲よく手をつなぐ親子の背中を見送った夜でした。

坂本美雨となまこちゃん

イベント情報
『TOPコレクション たのしむ、まなぶ 夢のかけら』

2018年8月11日(土・祝)~11月4日(日)
会場:東京都 恵比寿 東京都写真美術館 3階展示室

休館日:月曜(ただし、9月24日(月・振休)、10月1日(月)、10月8日(月・祝)は開館、9月25日(火)、10月9日(火)は休館)
料金:一般500円 一般団体400円、学生400円 学生団体320円 中高生・65歳以上250円 中高生・65歳以上団体200円
※小学生以下および都内在住・在学の中学生、障害手帳をお持ちの方とその介護者は無料、団体料金は20名以上
※第3水曜日は65歳以上無料
※10月1日(月・都民の日)は入場無料

プロフィール
坂本美雨 (さかもと みう)

5月生まれ。97年1月、Ryuichi Sakamoto featuring Sister M名義で 「The Other Side Of Love」を歌いデビュー。最新アルバムは、2016年12月にリリースした、聖歌隊CANTUSとタッグを組んだ「Sing with me II」(坂本美雨 with CANTUS名義)、2018年「かぞくのうた」を配信リリース。ソロ活動以外にも、シンガーソングライターのおおはた雄一さんとのユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」として、全国様々なフェスなどに出演する等の音楽活動に加え、TOKYO FMを始め全国ネットのラジオ番組「ディアフレンズ」のパーソナリティを担当中。また、2014年初の著書「ネコの吸い方」を刊行、大きな話題となるなど、マルチに活躍中。2015年第1子出産、仕事と育児と奮闘中。

なまこちゃん

3歳になる、坂本美雨の愛娘。趣味はカメラとポニーの乗馬。



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