
日本と欧米のアートシーンの違いから考える、アートの仕事の今
- インタビュー・テキスト
- 島貫泰介
- 撮影:相良博昭
アートの仕事に就く。学芸員やギャラリスト、インディペンデント・キュレーター、パブリッシャー、ジャーナリストなどさまざまな仕事はあるけれど、「どうすればなれるのか?」と問われると明確な道筋を答えるのは難しく、一般的に「アートの仕事=狭き門」というイメージは強い。
だが、本当にそうだろうか? セカンドワークやワークシェアなど、多様な働き方が生まれつつある現代、アートの世界でもスキルや職業のバリエーションは広がりつつあるように思う。たとえば全国で芸術祭や地域のアートプロジェクトが増加していることも、アートの仕事が多様化した1つのあらわれとも言えるかもしれない。
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(以下、AIT)が運営する現代アートの学校「MAD(Making Art Different―アートを変えよう、違った角度で見てみよう)」は、そんなアート業界に多くの卒業生を輩出しつつ、今年で15年目を迎える。今回、AITの共同設立者の一人である小澤慶介と、美術家の森弘治を招き、近年のアートの環境を巡る対談を行った。イギリスとアメリカで美術教育を受けた二人の対話から、現在のアートシーンにおける「働き方」が見えてくる。
日本には、アートの動向や展覧会について気軽に話し合う場がないことに気が付いて、MADを始めました。(小澤)
―小澤さんと森さん、いずれも海外でアートの勉強をされた後、日本に戻って仕事を始められた二人ですが、付き合いはいつ頃からになるんですか。
森:もう10年以上前ですね。アメリカから帰国して日本のアートシーンのことが全然わからなかったとき、知り合いのアーティストから「小澤さんに作品を見てもらったら?」と言われて。それで小澤さんが当時働いていた麹町画廊を訪ねたのがきっかけですね。
小澤:その頃、僕は美術雑誌の仕事を辞めて、麹町画廊という小さなギャラリーのディレクターとして、展覧会や美術の読書会の企画をしていました。僕もロンドン留学から戻ってきたばかりでいろんな人に会いたかったし、もっと勉強したかったから、アートが好きな人たちが集まれるサロンのような場を作りたいと思ったんです。
森:そのときはポートフォリオ(作品集)を見てもらっただけで、それから5年くらい経って、AITのアーティスト滞在制作プログラムに誘ってもらいましたよね。
小澤:ギャラリーを辞めて、AITやMADの活動を始めた頃ですね。森さんには、韓国で滞在制作をしてもらったり、MAD「アーティストコース」のゲスト講師をお願いしていました。
―小澤さんのほうから森さんに声をかけたのはなぜだったんですか?
小澤:アートと社会の関係について、僕たちAITのスタッフが持っていた問題意識と共通する部分を、森さんはたくさん持っている気がしたんですよね。
―どんな問題意識だったんでしょう?
小澤:当時はMADを始めたばかりで、「多角的な現代アートの見方を日本に根付かせる!」って僕らも必死だったから、たとえば「アーティストコース」を受講してくれたアーティストたちに、キュレーターの視点で厳しく批評・講評をしていたんですよ(苦笑)。でも、それじゃダメだと気づいたんです。それで、対話に長けているだけでなく、作り手の視点を持っていて、アーティスト教育にも関心を寄せていた森さんに声をかけました。
―当時、森さんの関心はどのようなところにあったのでしょうか。
森:アメリカの大学院でアートを学んできたので、作品に対する考え方や、批評における日本と欧米の違いを強く感じていましたね。
―日本と欧米で、美術教育がかなり異なるというのは、よく言われます。
森:アメリカの大学院では、他のアーティストや、ディレクターとしてプログラムを動かしている人たちと、かなり濃密なディスカッションをするんです。「作品をどう作ったか?」はもちろん、作品になる以前のリサーチ、どのようにストーリーを構築したのかなどを、社会科学的な視点や他分野の思考を使いながら、徹底的に話し合う。日本でそういうディスカッションは、あまり一般的ではないんですよね。
MADレクチャー風景(講師:ロジャー・マクドナルド) Photo by Yukiko Koshima
―森さんは当初、多摩美術大学で日本画を学ばれていたそうですが、そこでは物足りなさを感じていた?
森:疑問には思っていました。徒弟制とまではいかないけれど、師匠がいて弟子がいて、その関係上で技術を学んでいく文化が日本画の世界にはあります。それはそれで大事であるけれど、今考えるとすごく「視覚的 / 造形的」な感じがしていて。「何かを思考して描く」っていうよりも、ただ「そこにあるものを視覚的に表現する」っていうか。
小澤:僕はロンドンの大学院で美術史を勉強していましたが、ある先生なんかは、ほとんど何にも教えてくれないんですよ(笑)。「自分で学びなさい」という感じで、最初の15分で大きな質問を投げかけて、さーっと消えてしまうこともあった。それで学生たちは街の本屋や図書館に行って調べたり、展覧会を観て回って肌で感じ取るんです。リサーチの方向性や思考はそれぞれに委ねられていて、僕は心理地理学を学んでいたので、そこから考えていったりしました。
―小澤さんも、海外で美術教育における「考えること」の重要性に気付かれたんですね。
小澤:ロンドンでは「考えること」が当たり前だったのに、日本には「考えること」に重きを置いた美術教育を行う場がないことに気が付いて、似たような問題意識をもつ友人たちとともにMADを始めたんです。僕は、見えている部分だけではなくて、その背後にある時代思潮などについても考えることが好きだし、アーティストとキュレーターの立場の違いはあっても、森さんとはその部分を共有できるのが大きかったですね。
- 3コマから学べる現代アートの学校「MAD」
イベント情報
- 『MAD2015相談会』
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2015年4月以降開催
会場:東京都 代官山 AITルーム
料金:参加無料(要予約)
※詳細はオフィシャルサイト参照
プロフィール
- 小澤慶介(おざわ けいすけ)
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1971年生まれ。ロンドン大学ゴールドスミスカレッジにて現代美術理論修士課程修了。現代アートの学校MADの受講生とともに守章『終日中継局』展(2012)、泉太郎『たしかめる』展(2013)などの実験的な展覧会企画を手掛ける。『十和田奥入瀬芸術祭 SURVIVE この惑星の、時間旅行へ』(2013)キュレーターを経て、2014年4月より十和田市現代美術館チーフ・キュレーターを兼務。
- 森弘治(もり ひろはる)
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多摩美術大学卒業後渡米、マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修了。社会空間への介入をテーマに、主に映像作品を制作している。『越後妻有アートトリエンナーレ2009』や『第52回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際企画展アルセナーレ』(2007、ヴェネツィア)、『アート・スコープ2005/2006』(2006、原美術館)などで作品を発表している。