ヤンキーもロックもアートに変える。キュレーションって一体何?

大量の情報や表現が世の中にあふれ、キュレーション、キュレーターという言葉をあちこちで見聞きするようになったこの頃。もともとアートの世界で使われてきた、ある切り口をもとに「これは」というものを集め、見せ、伝えていく行為を指すこれらの言葉が、今注目を浴びている。そこで今回、アート界で対照的な活躍を見せる2人のキュレーターに、キュレーションの起源から各々の展覧会作りの話までを語ってもらう対談をお願いした。マクドナルドがディレクターを務める現代アートの学校「MAD」に保坂が講師として参加する縁で実現したこの対談。お互いのキュレーション観から、保坂が担当する『フランシス・ベーコン展』、マクドナルドが自らの家族史を扱った異色の展覧会など、最新の仕事からこれからの夢にまで話は広がっていった。

PROFILE

ロジャー・マクドナルド
1971年生まれ。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT / エイト]副ディレクター。ケント大学にて宗教学修士課程修了後、美術理論にて博士号を取得。1998年より、インディペンデント・キュレーターとして、日本国内外で数々の小規模な展覧会を企画。2006年の第1回『シンガポール・ビエンナーレ2006』では、キュレーターを務めた。アートスケープ・インターナショナルに展覧会評を寄稿。女子美術大学非常勤講師、東京造形大学非常勤講師。2013年夏、長野にてフェンバーガー・ハウスミュージアムを開設予定。
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT / エイト]
FENBERGER HOUSE

保坂健二朗
1976年生まれ。東京国立近代美術館主任研究員。慶應義塾大学大学院修士課程(美学美術史学)修了。これまで企画した主な展覧会に『エモーショナル・ドローイング』『この世界とのつながりかた』『建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション』『イケムラレイコ うつりゆくもの』展などがある。所属する東京国立近代美術館に加えて他館やギャラリーの企画にも積極的に参加し、現代アートや、アール・ブリュット、建築をテーマに意欲的な美術展を手がける注目キュレーター。
東京国立近代美術館

『パックマン』を美術館に収蔵するのもキュレーターの大事な仕事!?

―キュレーションやキュレーターという言葉、そもそもの始まりはどういうものでしょう?

マクドナルド:キュレーションはもともとアートの世界で用いられてきた言葉で、美術館や博物館で作品や資料の収集・保存・展示に携わる人がキュレーターと呼ばれるようになったんですね。語源はラテン語の「curare」(クラーレ=世話をするなどの意)で、英語のcure(治す、癒す)も同じルーツです。cureは牧師さんを表す言葉でもあって、僕はそれを思い出すたびに「キュレーターも愛を持たなくちゃ」となります(笑)。

―美しい出だし、ありがとうございます(笑)。ちなみに保坂さんもこの1年『絵画、それを愛と呼ぶことにしよう』(ギャラリーαM)というシリーズの展覧会を手がけていますね。お話のような語源から生まれたキュレーター的行為の起源は、どの辺まで遡るのでしょうか?

保坂:正直、僕もよくわからないのですが、物を並べる単純な行為にも、ある種のテーマや理念が必要ですよね。そこへどんな意味を与えていくかでも見え方は変わっていく。だから、人々がそういう「展示」をしていく中で段々とできてきた制度であり、職業なのだと思います。

マクドナルド:歴史的に見ると、15世紀に始まるヨーロッパの大航海時代に、お金持ちが世界各地の珍しいモノを集めて客人に披露する趣向がありました。「好奇のキャビネット」などと呼ばれるこれらの行為まで遡ることもできます。

ロジャー・マクドナルド
ロジャー・マクドナルド

―珍獣の標本とか、未開民族の文化で用いる品々とか。

マクドナルド:そうそう。続く近代には、フランス革命後に王室が美術品を並べていたルーヴル宮殿が美術館になるなどの流れがあり、そこで専門職としてのキュレーター制度が確立されていったのではと思います。

保坂:キュレーターの歴史を語るとき、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の初代館長、アルフレッド・バー・Jr.の存在も大きいですよね。1936年の『キュビスムと抽象芸術』展のカタログに掲載された『モダン・アートの系譜図』とか……。

保坂健二朗
保坂健二朗

―ゴッホやセザンヌからモダン・アートに繋がる流れを説明している有名な図ですね。

保坂:そう。彼らは他にも機械部品のベアリングを美術館に展示したり……自分たち独自の美意識や価値観を発信することを、キュレーターの重要な仕事として明確に意識した人たちだと感じます。MoMAは以降も映画やデザインなど幅広いカルチャーを収蔵の対象にしていて、最近ではビデオゲームの『パックマン』が収蔵品に加わったりして話題になりましたよね。

「展覧会に関わると、知らない人と話せて楽しいなと。それで何かが芽生えたんでしょうね」(保坂)

―キュレーションには時代を映して変わっていく部分もあるのですね。お二人が今のお仕事を志した最初のきっかけは?

保坂:大学生のときに、オルゴールを使った現代アート展があったんですね。ローリー・アンダーソン(パフォーマンスアーティスト。ルー・リードの夫人でもある)らの作品があり、展示の監視員をしながらお客さんのためにそのオルゴールを回してあげる仕事を手伝ったんです。

―それは珍しい監視員ですね(笑)。

保坂:さらに「回すだけじゃつまらないだろうから、お客さんに説明してあげてもいいよ」と言われ……僕は人が来るたびに近づいていき、オルゴールを回しては、説明しまくってたんです。お客さんには「君は何なんだ?」って聞かれたりもしました(笑)。でも、それで何かが芽生えたんでしょうね、展覧会に関わると、知らない人と話せて楽しいなと。

マクドナルド:(笑)。確かにキュレーションのことを考えるとき、作家、協力先、そして観客と、どの場面でもコミュニケーションは大切になるよね。

保坂:今でも、来てくれる方に語りかけるつもりで展覧会を作っています。説明するというより「面白いでしょ?」という感じ(笑)。観客がどう反応してくれるのかも楽しみなんです。

―展覧会ではアンケートなどで、そんな反応を知ることができる?

保坂:ただ、アンケートって展示方法に関する苦言などがほとんどで、内容についてのポジティブな声は意外と少ない(苦笑)。でもTwitterなどが普及してからは内容についても様々な意見が得られるし、会話のようなものができるのも嬉しいですね。今は担当する『フランシス・ベーコン展』が始まる前から、ベーコンについてつぶやいてる人に僕から話しかけています(笑)。

マクドナルド:言葉とキュレーションの関係も興味深いですね。アートの魅力を伝えるには言葉も大切だけど、自分で感じて考える力も応援したいし、どこまで語っていいのかのジレンマもある。

保坂:1つの展覧会でも多様な形がとれるといいかもしれません。最初の1週間はキャプション類は一切なしとか(笑)。今回の『ベーコン展』では、講演会を初級・中級・上級と分けて行う試みもあります。同じ話も人によって「簡単すぎる」「難しすぎる」があるはずで、それぞれのための回路を用意するのも大切だと考えています。

―良い展覧会の考案だけでなく、そうした観客とのコミュニケーションを考えるのもキュレーターの仕事なわけですね。でも、そうしたことは現場で学ぶしかない?

マクドナルド:キュレーションは歴史もそれなりにあって多様でもあるけど、学問としてはまだ若いし、日本の大学ではそれを専門に教えるコースも数少ない。それが僕らが現代アートの学校「MAD」を立ち上げて、最初にキュレーションコースを作った大きな理由の1つです。

左から:ロジャー・マクドナルド、保坂健二朗

「約1か月日本に滞在し、英国の若手作家と一緒に展示を行いました。手作り感満載でインディーバンドのツアーみたいな感じ。それが今でもマイ・ベスト展覧会です(笑)」(マクドナルド)

―ロジャーさんがキュレーターを志したきっかけは?

マクドナルド:僕はロンドンの大学で美術史を学び、博士課程の後は学者になるつもりでした。ただ、弟(ピーター・マクドナルド)がアーティストだし、仲間には若い作家も多くて。それで、英国の若手作家を日本に紹介する企画展を提案したことがあったんです。それが通って助成金も入ることになり、「やんなくちゃ」となった(笑)。当時無名の作家4人と「じゃあロジャーがキュレーターね」となったのが、最初に手がけた展覧会でした。

―ロジャーさんはお母さんが日本の方で、この国に親しみもあったのですよね。展覧会はどんな内容だったのですか?

マクドナルド:約1か月日本に滞在し、山梨県にある清里の森の中での野外展示と、東京でのギャラリー展示を行いました。本当に手作り感満載で、インディーバンドのツアーみたいな楽しい体験でした。

―交代でバンドワゴンを運転して、みたいな?(笑)

マクドナルド:まさにそう(笑)。思い付いたその日に作ろうぜ! みたいな、生っぽい感じ。その中で僕は、手法も表現も異なる4人の作家の作品を共通テーマで見せられる企画を1つやらないか、と提案しました。それで森にパワーショベルで巨大な穴を掘って、彼らの作品をそこに一旦埋め、会期中にそこを「発掘現場」に見立てて毎日掘り出すパフォーマンスをして。

Roger McDonald, curated exhibition, ARFO, 1998, Yamanashi Japan.
Roger McDonald, curated exhibition, ARFO, 1998, Yamanashi Japan.

保坂:それすごいなあ(笑)。

マクドナルド:実はそれが今でもマイ・ベスト展覧会(笑)。清里の森は観光地だったから、見てくれた人もけっこういたんですよね。掘り出した作品は東京のギャラリーで「発掘品」として展示もしました。作品を埋めたら絶対劣化するので、作家の合意があったからできたこと。だからキュレーションも作家と共に作るクリエイティブなもので、その際の限界や制約は、ある意味自分たちが作ってしまうものでもあると思います。

「この対談で『キュレーターとは何か』と話した内容も、5年くらい後に見つけたら『こいつら何を言っているんだ』となる可能性はある(笑)」(保坂)

―ロジャーさんはずっとフリーの立場で、小規模な個性派展覧会から、『横浜トリエンナーレ』や『シンガポール・ビエンナーレ』などの国際展まで関わっていますね。一方で保坂さんは東京国立近代美術館という公の組織の一員として働きながら、その外の世界でもユニークな企画を手がけています。共に1970年代生まれで日本を拠点にしていますが、対照的とも言えるキュレーターですね。

マクドナルド:今回の保坂さんの『ベーコン展』なんかは、フリーのキュレーターではまずできない企画だよね。

保坂:色々あって8年がかりで実現しました。大きな展覧会には華々しい面もありますが、実現への準備や、世の関心を高める工夫など地味な作業も多いんです。また、国公立美術館だからできることと、逆にそこでは難しいこともある。自分の個人的な関心や志向だけではとても作れない場合もあります。

マクドナルド:数十年前までは、公的な領域に属するキュレーターが圧倒的に多かった。でも近年は明らかに変化があって、1人のキュレーターも複数の顔を持てる時代になったと感じます。作品が売買される大型アートフェアで企画を担当したり、オークションのカタログに執筆する人もいる。キュレーター像も変化し続けていると思います。

保坂:だから今日のこの対談で「キュレーターとは何か」と話した内容も、5年くらい後にウェブ上で見つけた読者にとっては「こいつら何を言っているんだ」となる可能性はある(笑)。

―(笑)。そんな変化の中でも、お二人が目指すキュレーター像とはどんなものでしょう?

マクドナルド:近年、町おこしのためのアートプロジェクトや政治的メッセージの強い展覧会では、キュレーターが社会運動家のようになっている面もあります。それには少し抵抗感があって、つまりアートが何か別の目的のために道具化してしまう面もないだろうかって。だから展覧会作りで言うと、僕はアート作品そのものが持つ物質感を大事にしたい。少し古い考え方かもしれないけれど、今の時代に合った形でそれをやれたらと思うんです。

―保坂さんはいかがですか? 奈良美智さんらが参加した『エモーショナル・ドローイング』展のような、感情や情動を重視する作品をテーマにした現代アート展のほかにも、建築展や、アール・ブリュット(正規の美術教育を受けていない作り手による表現。障害者による作品なども含む)を扱う展覧会も手がけていますね。

保坂:僕は展覧会を通して社会とは関わりたいけれど、その際にいわゆる社会的なテーマを扱うことが必須だとは思わない。アール・ブリュットに関わるのも、多くの人が抱く疑問を、自分もそこへ踏み込んで考えていこうという思いからです。プロではない人たちが描いた、時には乱暴さも感じる絵だけど、なぜか心が震えるとき、それってどういうことなのか? そうしたことを一緒に考えたいんです。美術館って社会から孤立した場でもあるので、なおさらですね(笑)。

―フリーキュレーターのロジャーさんがアートの持つ本来的な力を大事にしていて、国公立美術館に勤める保坂さんは、意外な切り口からも美術展のあり方を探っている。立場からいうとむしろ逆であってもおかしくないのに、何だか面白いですね。

マクドナルド:たぶん、自分が美術館にいないからこその憧れもあるかも(笑)。

保坂:お互い自分にできないことをやってみたいんですよ、きっと。「何か面白いことやりたい」というとき、内容そのものはもちろん、今まで自分がやったことがないから面白い。それがどうやら世の中にも共感してもらえそうだ、というときに展覧会をやりたいという気持ちになるのだと思います。

保坂健二朗

アートを違った角度で見てみよう

―ロジャーさんも主要メンバーであるアーツイニシアティヴトウキョウ(AIT / エイト)が運営している現代アートの学校「MAD」には、学生から社会人まで様々な人が参加しているそうですね。授業を通してどんなことを伝えていきたいのですか?

マクドナルド:現在のコースは今日話してきたような内容も含む「キュレーション」のほかに、観者としてアートをより楽しむための「オーディエンス」、ビジネスとしてのアート業界について学ぶ「インダストリー」、そして作り手の基礎的思考を身につける「アーティスト」の4つがあります。他にはテーマを絞ったゼミも用意しています。保坂さんは今年の「オーディエンス」コースで、アール・ブリュットについて講義してくれる予定なんです。

保坂:アール・ブリュットを通じて、改めて「アートって何だろう?」と考えやすいところはあると思うんです。同じような意味であるアウトサイダーアートという言葉は最近あまり使われていませんが、「外部(アウトサイド)」から見ることで見えてくるアートの「内部」の風景もあると思うから。

マクドナルド:MADの名前の由来は「Making Art Different―アートを変えよう、違った角度で見てみよう」の略なんです。キュレーターやギャラリスト、アーティストなど専門家を迎え、現代アートのさまざまな話題を、関連する歴史や学問も手掛かりにしながら読み取っていく。受講生にも色々な人がいます。例えば広告代理店勤務の方なども来てくれて、そこで面白い議論になったりします。

ロジャー・マクドナルド

保坂:よく「これはアートか、そうでないのか」という議論がありますね。アートと呼ばれるものがそれ以前に何だったのか、それは「表現」としか言えないと思う。だから展覧会の意義を考えるときも、僕には「アートを見せる」より「人が表現したものを見せる」と言うほうがしっくりくるんです。ある作り手が何をどのように表現したいか、それを知ることは、別ジャンルの表現者にも大きな意義があるはず。この喩えがいいかわかりませんが、「絵が好きな料理人」の作るものは美味しそうな気がしませんか(笑)。それは盛りつけが巧いとかの話じゃなく、表現の回路がどこかで繋がっているからではないかと思うんです。

―それは、先行する時代を生きた人の「表現」にも言えることですね、きっと。保坂さん、その点で今回の『ベーコン展』に込めた想いはありますか?

保坂:日本では、1983年にも同じ東京国立近代美術館で『ベーコン展』が開催されています。今回、僕はまず「犠牲となった身体」というテーマを考えていました。ベーコンは特に60年代、絵の中で最愛の人たちを血祭りに上げ、ぐちゃぐちゃに描いているんです。しかしそれを美しく描くことで何かに捧げていたような印象を受けます。何か大事なものを犠牲にしないと人間は救われないし、社会も次のステップにいけないことがある……。その事実が現代社会で忘れられていることを、ベーコンは意識的にわかっていたのかもしれない。その落とし前のつけかたが彼らしさだと、僕は思っています。最終的にはより包括的な回顧展になりましたが、そんな部分も感じ取ってもらえたら嬉しいです。

―時代は違えど伝わってくるものがある表現には、強さがあると。

保坂:僕が彼の絵を好きなのは、今でも自分にとってアクチュアルなものだからです。おそらく僕と同じ時代を生きる多くの人々にとっても、そうだろうと思っています。

「今でも機会があればやりたい企画の1つは、日本のヤンキー文化をテーマにした展覧会です」(保坂)

―お二人はそれぞれ、今後どんな展覧会を手がけてみたいですか?

保坂:極端な話、キュレーターって何かすごく好きなものがあれば、ジャンルを超えて展覧会を作り得る面白さはあります。例えばロックの展覧会なども実際にありますし、僕は以前、好きな「造船」にまつわる展覧会をしたいと思ったこともあります。今でも機会があればやりたい企画の1つは、日本のヤンキー文化をテーマにした展覧会です。

―保坂さんならではのヤンキー展、ぜひ見てみたいですね(笑)。

保坂:周りにそういう人が少なかったこともあり、常に何か憧れもあって。一方で、精神科医の斎藤環さんが「自民党はヤンキー化しているのでは」と評していたりと、ヤンキーが日本の文化の精神性に何か深く関わっているとすれば展覧会にする意義もあると思う。それと広告の展覧会にも興味があります。日本の広告には非常にレベルの高いものが多くて、汐留のアド・ミュージアム東京とか行くと出られないんですよね、楽しくて(笑)。

―願わくは5年くらい後にウェブでこの記事を誰かが見つけて「これがあの展覧会になったか!」となりますよう……。ロジャーさんはいかがですか?

マクドナルド:今僕は東京から長野に移り住み、最近亡くなった父が残してくれた家で暮らしています。同地の民家を「フェンバーガー・ハウス」という個人美術館にして、新しい展覧会を作っているところ。それは自分の個人史と、現代アートを組み合わせたものです。父は戦後日本に移住したイギリス人で、当時の記録が色々残っていました。1950年代に相撲の横綱と一緒に撮った記念写真とかね(笑)。そこで僕にとって興味深いこうした歴史を、現代のアーティストの作品と一緒に展示することにしました。

―つまり、そこを訪れ、展示を体験する人にも何かが見出せる展示になる?

マクドナルド:はい。パーソナルな家族史が、展覧会を通して皆さんと共有できるストーリーになっていけば、キュレーションとして成立すると思っています。これは理性を使ってカッコいい企画書を書くようなキュレーションとは違い、僕は勝手に「キュレーティング・アフター・ザ・ファクト」と呼んでいるんだけど。多くの展覧会は実現の前に企画書がまずあるのだけれど、今回は実際に作品を並べてその位置を変えたりしながら、日々作り、考えています。

―自分の中で、両者の間に色々なつながりを見出していくわけですね。

マクドナルド:例えば、父の遺品にはある辞典シリーズと、金のフクロウのオブジェ、そして彫り細工のマグカップがありました。僕はフランシス・F・コッポラ監督の『地獄の黙示録』が大好きで何度も観ているのですが、ある日、いま挙げた3つのオブジェとまったく同じものが映画のワンシーンに登場していたんです! 映画が撮影されたフィリピンは父も同時代に仕事で訪れていたから、同じようなお土産を買ったのでしょう。そういう不思議なシンクロニシティーや、モノと作品の間に見えてきた新たな風景は、展覧会を作り始めてから得られた体験です。

―今のお話は、多くの人にとって何かのヒントになりそうですね。

マクドナルド:今まで僕には、個人的な背景とキュレーションを混同させまいという意識もありました。でも、これも展覧会を作る1つの種としてはあり得るなと。極端に言えば、毎日キッチンにあるモノをなぜこのように置き、使っているのか。それにもう少し意識的になることが、最も身近なキュレーションの始まりと言えるのかもしれません。

―奇しくも最初のキュレーションの起源で保坂さんが話して下さったことともつながりましたね。情報同様、表現と呼ばれるものが圧倒的なボリュームで出現し続けている今だからこそ、キュレーターたちの存在やそのキュレーションの内容が注目されるのかもしれません。そこに少し意識を向けると、アートや展覧会の見方もまた広がりそうです。今日はありがとうございました!

information

5コマから学べる現代アートの学校「MAD」

2013年度4月開講のご案内
オンラインで学べる無料レクチャー「FREE MAD」

MADオープンデー 無料体験レクチャーシリーズ
『キュレーションってどこにむかっているの?』

2013年3月18日(月)
会場:東京都 代官山 AITルーム
時間:19:00〜20:30(要予約、定員40名、詳細はウェブサイトを確認)
料金:参加無料

相談会
会場:東京都 代官山 AITルーム
時間:19:00〜20:30(要予約、定員40名)
料金:参加無料
※詳細はウェブサイトを確認

『フランシス・ベーコン展』

2013年3月8日(金)〜5月26日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館
時間:10:00〜17:00、金曜日は20:00まで(入館は閉館時刻の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし3月25日、4月1日、4月8日、4月29日、5月6日は開館)、5月7日
料金:
当日 一般1,500円 大学生1,100円 高校生700円
前売 一般1,300円 大学生900円 高校生500円
※中学生以下無料



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