
新潟市長に学ぶ「わけのわからない」アートと行政の楽しい関係
- インタビュー・テキスト
- 友川綾子
- 撮影:佐々木鋼平
どんどん関係が悪くなっていると報じられる日中韓の関係だが、本当にそうだろうか? 中国人観光客が押し寄せる春節(旧正月)シーズンには、「爆買」の機会を逃さぬよう、銀座や新宿のデパートは、いつにも増して品揃えを充実させる。もっと身近なことでいえば、近所のスーパーの食品売り場には、ずらりと(いろんな種類の)キムチが並んでいるではないか。文化交流も活発に行われている。『フェスティバル/トーキョー』や『TPAM』など、舞台芸術の世界でもアジアを意識する動きが顕著だ。文化庁では、昨年から日中韓3か国で毎年、各国1都市ずつを選出し、文化芸術イベントを通じて相互理解を深める「東アジア文化都市」という交流事業がスタートした。2015年は新潟市が選出され、8月にはりゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館で、日中韓のダンスカンパニーによる『NIDF2015-新潟インターナショナルダンスフェスティバル』(以下『NIDF』)の開催が決まっている。
メディアでは関係悪化が報じられるのに、経済や生活、文化の面においては交流が加速している。日中韓を取り巻くこのアンビバレントな状況を、私たちはどのように捉えていけばいいのだろうか? 日本初のレジデンシャルカンパニー(劇場専属の舞踊団)Noismの芸術監督、そして『NIDF』のディレクターを務める金森穣と、『水と土の芸術祭』をスタートさせ、現在4期目を務める新潟市長の篠田昭に、それぞれの立場から、なぜ今、アジアにおける文化交流が重要視されるのかを聞いた。芸術の担い手と新潟市のトップが見据える、文化、芸術とは?
マスメディアのイメージだけで中国や韓国はけしからんと言うのはあまり生産的ではありません。実際に足を運んで、自分自身で感じてみたほうがいい。(篠田)
―国同士では、きな臭い動きもある日中韓の関係ですが、文化レベルではさまざまなイベントでアジア特集が組まれるなど、積極的に交流する動きを、ここ数年強く感じます。8月21日から開催されるダンスフェス『NIDF』でも、韓国と中国からカンパニーを招聘して公演とシンポジウムを行いますが、やはり金森さんも今、アジア間の文化交流というテーマを考えられているのでしょうか?
『NIDF2015-新潟インターナショナルダンスフェスティバル』メインビジュアル
金森:お互いの作品を鑑賞したり、作品を共作して刺激を受けたりというのはよくある交流の方法だと思うのですが、『NIDF』ではもう一歩踏み込んで、それぞれの国の舞踊団が、国の文化政策の中でどう位置づけられていて、行政とどのような関係性にあって、どう活動を続けていきたいかを共に話し合い、考えていきたいと思いました。Noismは、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点とする劇場専属舞踊団ですが、今回参加していただく韓国の大邱市立舞踊団も公的資金によって劇場専属での活動を展開しています。そして中国(香港)の城市当代舞踊団は半官半民の体制のようですが、舞踊家たちは完全に生活保障を得て活動しています。自分自身がプロデューサーではなく、舞踊団の芸術監督だからというのはありますが、もっと互いの芸術的活動の内実、その社会的役割に踏み込んだ交流をしていかないと、と思っています。
篠田:国家は互いに国益を主張し合いますから、国同士が本当に上手くいくというのは、希有な例だと思っていれば良いのかと。日中韓は特にギクシャクしていますから、こういうときこそ様々なレイヤーの人同士が互いを理解することが重要です。マスメディアのイメージだけで中国や韓国はけしからんと言うのはあまり建設的、生産的ではありません。実際に足を運んで、自分自身で感じてみたほうがいい。
―自分の眼で見てみないとわからないことは、意外なほどたくさんありますよね。
篠田:先日、同じ2015年度の東アジア文化都市に選ばれた韓国・清州に行ってきたのですが、「どこに反日があるのでしょう?」という感じで、純粋に日本や中国の文化を楽しみたい人が溢れているように感じました。韓国でも中国でも、東アジア文化都市のセレモニーはそれぞれマスメディアで大きく報道されています。特に中国の報道からは、文化や経済のレイヤーでは関係改善を行っていこうというメッセージを明確に感じられました。逆にこのことがあまり報道されなかったのが日本で、これは誤ったメッセージを出すことになってしまうよと、私は心配しているのですが(苦笑)。
金森:歴史を遡れば、日中韓の間では常に豊かな文化の交流がされてきましたよね。日本が鎖国していた江戸時代であっても、日本海を挟んで隣接している新潟と中国・韓国の間では、貿易や交流が盛んに行われていたそうで、それはかけがえのないことだと思うんです。たとえ「鎖国」という政治判断がされたとしても、その中で抜け道を見つけて育んできたのが文化だとも言えますよね。今のような時勢だからこそ、中国や韓国の芸術家と相互の交流を深めていくことは重要だと思います。
―より深い交流を実現するという部分で、『NIDF』において意識されていることはありますか?
金森:経済的な合理性だけを考えれば、3本立ての公演にして、1作品20分くらいのプログラムを組んで、「3つの国の舞踊団を1度に観られます」とすればいいのかもしれませんが、あえて今回はそうでなく、それぞれのカンパニーにしっかりフルの作品を発表してもらおうと思っています。フルの作品を鑑賞することで、その集団の活動理念や舞踊家の身体性、芸術監督の思考が見えてくるので、断片的な作品ではなく全体をちゃんと観ることが大切なんです。同時に、3つのカンパニーの芸術監督による鼎談も重要視しています。アジアにおける舞踊団としての活動や、21世紀社会における劇場文化の存在意義について、多国間で話をするのが『NIDF』の特徴であり、これまでにない部分です。
イベント情報
- 『NIDF2015 – 新潟インターナショナルダンスフェスティバル』
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2015年8月21日(金)~9月4日(金)
会場:新潟県 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館 ほか大邱市立舞踊団
『Moon-Looking Dog』
『I Saw the Elephant』より第2部
2015年8月21日(金)19:00開演
芸術監督・振付:ホン・スンヨプ
出演:大邱市立舞踊団
料金:一般4,000円 学生3,200円城市当代舞踊団
『As If To Nothing』
2015年8月28日(金)19:00開演
芸術監督:ウィリー・ツァオ
振付・舞台美術:サン・ジジア
出演:城市当代舞踊団
料金:一般4,000円 学生3,200円Noism0
『愛と精霊の家』
2015年9月4日(金)19:00開演
演出振付:金森穣
原案:シアンの家
出演:
井関佐和子
山田勇気
小㞍健太
奥野晃士
金森穣
料金:一般5,000円 学生4,000円
※『水と土の芸術祭2015』参加作品料金:
3公演セット券10,000円
2公演セット券8,000円
※セット券はりゅーとぴあのみでの取扱い
※セット券および学生券はN-PACmateなど他割引と併用不可
プロフィール
- 篠田昭(しのだ あきら)
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新潟市生まれ。上智大学外国語学部卒業。1972年、新潟日報社に入社、同社編集委員や編集局学芸部長、長岡支社報道部長、論説委員等を務めた後、2002年に退社。同年11月の新潟市長選挙に無所属で出馬し、初当選を果たした。2006年、2010年、2014年の新潟市長選挙でも再選。現在4期目となる。
- 金森穣(かなもり じょう)
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演出振付家、舞踊家。りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督。17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャール等に師事。イリ・キリアンにその才能を認められ20歳で演出振付家デビュー。10年間欧州の舞踊団で舞踊家・演出振付家として活躍後、帰国。2004年4月、日本初の劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。2014年より新潟市文化創造アドバイザー。平成19年度『芸術選奨文部科学大臣賞』ほか受賞歴多数。