インタビュー

やくしまるえつこがアルス受賞 『わたしは人類』について訊く

やくしまるえつこがアルス受賞 『わたしは人類』について訊く

インタビュー・テキスト
松村正人
編集:柏井万作

『わたしは人類』という微生物自体に、突然変異をひき起す配列が組み込まれている。

—バンド用のアレンジを含めて、“わたしは人類”には増殖するイメージがありそうですね。

やくしまる:もちろん。音楽が変異するのも『わたしは人類』という作品の一部なので、変異のひとつとしてライブバージョンが存在するのです。

—そこでは演奏の失敗=バグすら突然変異として許容される。

やくしまる:そう。『わたしは人類』という微生物のDNAには、トランスポゾンという転移することによって突然変異をひき起す配列が組み込まれていて、曲の元になっているのもその配列なんです。そしてその塩基配列をフレーズ化したものが、楽曲のなかにあらわれます。

『アルス・エレクトロニカ』授賞式での『わたしは人類』パフォーマンス風景(撮影:tom mesic)
『アルス・エレクトロニカ』授賞式での『わたしは人類』パフォーマンス風景(撮影:tom mesic)

—それは具体的にどの音を指していますか。

やくしまる:例えば“わたしは人類”には長めのインターバルがあるんですが、そこでそのフレーズがあらわれます。シンセのフレーズですね。

—音楽的なセオリーに則ったフレーズなんですか。

やくしまる:セオリー的ではないので、反復すると気づくようなものでもありません。なのでフレーズというには語弊があって、ものすごく長いフレーズと捉えることはできますが、記憶できるようなものではない。

暗号化して音楽的なフレーズにしてしまうことも考えましたが、塩基配列の美しさとおそろしさのあらわれを考えてこの形にしました。このトランスポゾンはMVにも仕掛けていて、MVはセル・オートマトンのライフゲームのルールで作っているのですが、トランスポゾンのフレーズがあらわれるタイミングでルールに変異が起こるようにプログラミングしているのです。最近リリックビデオという歌詞が出てくるビデオが流行っていますが、こっちはジェネティックビデオと呼んでいます。

—やくしまるさん、薬が好きなんですよね。

やくしまる:ジェネリック(generic=汎用的な、後発の)じゃないですよ、ジェネティック(genetic=遺伝的な)です。

—でも薬はお好きですよね。

やくしまる:クスリはないと困るかもしれないですね。

—薬好きが昂じてこういうコンセプトになった?

やくしまる:まったくちがいます。

『アルス・エレクトロニカ』授賞式での『わたしは人類』パフォーマンス風景(撮影:tom mesic)
『アルス・エレクトロニカ』授賞式での『わたしは人類』パフォーマンス風景(撮影:tom mesic)

ポストヒューマンもきっと『わたしは人類』に隠された仕掛けに気づくと思うんです。

—『わたしは人類』のような複合コンセプトの作品は、ハナからそういう構想だったのか、それとも作っていくうちにそうなってしまうのか、どちらでしょう?

やくしまる:ハナから。単一コンセプトだって、結局は削ぎ落とす作業をした結果だと思います。

—作品を作るにあたっては、いろんなことが思いついてしまう?

やくしまる:そうですね。それこそ病気かもしれない。思いつくことは「できる」ことになるから、思いつかなきゃよかったと思うこともあります。それを無視すること、もしくはそれを別の機会にとっておくという理性的な判断が働くこともときにはありますが、一番いいのはだまっておくこと。言ってしまったら、やらなきゃいけなくなる。

『アルス・エレクトロニカ』授賞式の様子(撮影:tom mesic)
『アルス・エレクトロニカ』授賞式の様子(撮影:tom mesic)

—アートを作るときと音楽を作るときの頭の働きはおなじですか、ちがいますか?

やくしまる:あーうー(と唸る)……料理をするときにどんな食材や環境があるか、ということとおなじです。食材が有機物か無機物か、環境はキッチンなのか理科室なのか無人島なのかといった条件によって食べ物の作り方はかわるので、個々の作品で頭の働かせかたはちがいます。あるいはどのようなアイデアがあるかということです。基本的に作るのはすべて頭のなかです。

ですが最初にアートと音楽で分類するわけではないし、その2つを比較させてどうかといえば、アート作品も音楽もおなじです。頭のなかで想像する。想像できないものは現実の世界でもできないと思うので、ある程度頭のなかで完成し、あとは全部書き起こす、現実化する作業です。

—その過程で構想との齟齬は生まれますか?

やくしまる:もちろん現実的な問題があれば齟齬は生まれます。

—それを解消しようとしますか? それとも齟齬をとりこみ次の工程に進みますか。

やくしまる:齟齬は基本的にあってOKです。だから『わたしは人類』自体も読みとり手による変異をよしとする作品なんです。

人類が滅んだあと、微生物に埋め込まれた音楽の配列をポストヒューマンが解読したとき、どのような結果を生むかは彼らの解釈しだいです。この音楽がどのように鳴るかは読みとり手に任せられている。その意味で『わたしは人類』は究極の齟齬ですよね。

相対性理論@『exPoP!!!!! vol.100』(撮影:中野泰輔)
相対性理論@『exPoP!!!!! vol.100』(撮影:中野泰輔)

—微生物に埋め込んだDNAコードの配列を読み解くと、私たちが聴いている音楽とはまったくちがう結果を生むかもしれないということですね。

やくしまる:そもそもポストヒューマンなるものが、人間が発明した「音楽」とおなじものを持つともかぎらないわけです。絵みたいなものになるかもしれないし、言葉なのかもしれない。

2003年にヒトゲノム計画が完了し、現在ゲノム解析はとても進んでいます。ですが、それでもあらゆる生物のDNAに、機能が不明な配列はまだまだあるのです。やくしまるはそこに興味を持ってしまう。それらは機能が不明とはいえ、何かしらの役割、例えばスイッチなどの機能を担っているのではと言われています。そんなふうに機能不明の配列に意味を求めて解析するわれわれのように、ポストヒューマンもきっと、『わたしは人類』という微生物に隠された仕掛けに気づくと思うんです。結果的にそれが、人類の壮大ないたずらで、生物の種の存続とは無関係の、音楽という種の存続のためのものだったなんて頗る楽しいじゃないですか。

自分のための曲だったら、きっと歌わないです。

—話はかわりますが、『わたしは人類』は『天声ジングル』と相関関係にありますよね。

やくしまる:どんな? 誘導尋問は止めてください。

—人類なり神なり、グローバルというよりプラネタリー的な視点を、最近のやくしまるさんはお持ちだとお見受けしますが。

やくしまる:『天声ジングル』では、はじまりとか終わりとかを接続していくことで意識的に意識しないということをやっていた。それにたいして『わたしは人類』の主題であるDNAの螺旋構造には、はじまりと終わりはあるにせよ、遺伝子は変異を起しながらも脈々と受け継がれていて結局どこがスタートでストップかわからない。その部分はリンクしていると思うし、2つあわせて創造論と進化論のあいだを縫うような作品であるとも言えるかもしれません。

『天声ジングル』収録曲

—私がもうしあげている共通点は意図ではなくて、『天声ジングル』と『わたしは人類』には通底する視点があるということなんですね。「神の視点」とでもいえそうな。

やくしまる:自分がそういった視点しか持てないからかもしれません。でもそれが特殊だとは思いません。

—むろん音楽的な面は、いちがいに「神の視点」では括れませんよ。さっき“わたしは人類”はエモーショナルにしないように心がけたとおっしゃいましたが、私は近作のなかではけっこうエモい部類の曲だと思うんですよ。

やくしまる:そうかもしれませんね。楽曲の構成に関しては、ATGC(DNAの4つの塩基)で構成されるDNAシークエンスのようにすっきりとしたものを心がけましたが、そのDNAシークエンスは遺伝情報を保持していて機能を発現するかもしれない。それはとても「エモい」展開なのでそのことは意識していました。

それに、今回のプロジェクトで新たに遺伝子を組み込んだ微生物自体に『わたしは人類』と名づけたのですが、その『わたしは人類』さんのことを思うとエモーショナルにうったえてあげなきゃという気にもなります。これが自分のための曲だったらこういった心がまえにはならないです。

『アルス・エレクトロニカ』授賞式での『わたしは人類』パフォーマンス風景(撮影:tom mesic)
『アルス・エレクトロニカ』授賞式での『わたしは人類』パフォーマンス風景(撮影:tom mesic)

—でもやくしまるさんがこれまで歌ってきた曲に自分のためのものなんてないでしょ?

やくしまる:そうなんですけど。

—自分のための曲だったらどういった歌い方をするんですか。

やくしまる:(きっと)歌わないです。

—ほらご覧なさい。

Page 2
前へ 次へ

リリース情報

やくしまるえつこ『わたしは人類』
やくしまるえつこ
『わたしは人類』

各配信サイトにて好評配信中

イベント情報

『コレクション展2 死なない命』

2017年7月22日(土)~2018年1月8日(月・祝)
会場:石川県 金沢21世紀美術館
時間:10:00~18:00(金、土曜は20:00まで)
出展作家:
やくしまるえつこ
エドワード・スタイケン
BCL
ダミアン・ハースト
ヴィック・ムニーズ
日比野克彦
八谷和彦
ヤノベケンジ
粟津潔
川井昭夫
イ・ブル
椿昇
Chim↑Pom
休館日:月曜(10月9日、10月30日、1月8日は開館)、10月10日、12月29日~1月1日
料金:一般360円 大学生、65歳以上280円
※高校生以下は無料

プロフィール

やくしまるえつこ

音楽家、プロデューサー、作詞・作曲・編曲家として「相対性理論」など数多くのプロジェクトを手がける他、美術作品、プロデュースワークや楽曲提供、映画音楽、CM音楽、朗読、ナレーション、と多岐に渡る活動を一貫してインディペンデントで行う。坂本龍一、ジェフ・ミルズ、アート・リンゼイ、マシュー・ハーバートら国内外アーティストとの共演や共作、人工衛星や生体データを用いた作品、人工知能と自身の声による歌生成ロボット、オリジナル楽器の制作などの試みを次々に発表。2016年には相対性理論『天声ジングル』、Yakushimaru Experiment『Flying Tentacles』、美少女戦士セーラームーン主題歌『ニュームーンに恋して / Z女戦争』をリリースし、レコード会社にもプロダクションにも所属しないアーティストとして初となる日本武道館公演「八角形」を開催。また、ポップミュージシャンとしては極めて異例の、山口情報芸術センター[YCAM]での特別企画展「天声ジングル - ∞面体」が行われた。バイオテクノロジーを用いて制作し、人類史上初めて音源と遺伝子組換え微生物で発表した作品『わたしは人類』でアルスエレクトロニカ・STARTS PRIZEグランプリを受賞。オーストリアやベルギー、金沢21世紀美術館などで展示されている。

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

BIM“Wink”

BIMの新作『NOT BUSY』より“Wink”の映像が公開。ゆるめに結んだネクタイは軽妙洒脱でも、背伸びはしない。どこか冴えない繰り返しのなかで<だって俺らの本番はきっとこれから>と、吹っ切れなさもそのままラップして次へ。BIMの現在進行形のかっこよさと人懐っこさがトレースされたようなGIFアニメが最高にチャーミング。(山元)

  1. 映画『ミッドサマー』に星野之宣、行定勲、人間食べ食べカエルらがコメント 1

    映画『ミッドサマー』に星野之宣、行定勲、人間食べ食べカエルらがコメント

  2. 『リメンバー・ミー』が金ローで放送。歌が繋ぐ家族と「記憶」 2

    『リメンバー・ミー』が金ローで放送。歌が繋ぐ家族と「記憶」

  3. 綾瀬はるか、妻夫木聡、藤原竜也、深田恭子ら12人が「じゃんけんグリコ」 3

    綾瀬はるか、妻夫木聡、藤原竜也、深田恭子ら12人が「じゃんけんグリコ」

  4. 橋本環奈の瞳をカラコンで再現 ロート製薬エマーブル新企画「環奈Eye」 4

    橋本環奈の瞳をカラコンで再現 ロート製薬エマーブル新企画「環奈Eye」

  5. 剣心・佐藤健と縁・新田真剣佑が睨み合う『るろうに剣心 最終章』特報公開 5

    剣心・佐藤健と縁・新田真剣佑が睨み合う『るろうに剣心 最終章』特報公開

  6. スタジオジブリレコーズがサブスク解禁 サントラ23作含む38作を一挙配信 6

    スタジオジブリレコーズがサブスク解禁 サントラ23作含む38作を一挙配信

  7. 『映像研には手を出すな!』実写ドラマ化、4月放送 映画版は5月15日公開 7

    『映像研には手を出すな!』実写ドラマ化、4月放送 映画版は5月15日公開

  8. シェア社会に疲れた入江陽が別府・鉄輪で感じた秘密基地の豊かさ 8

    シェア社会に疲れた入江陽が別府・鉄輪で感じた秘密基地の豊かさ

  9. 菊地成孔が渋谷PARCOでお買い物。買うことは、生きている実感 9

    菊地成孔が渋谷PARCOでお買い物。買うことは、生きている実感

  10. 折坂悠太とカネコアヤノの再会の記録 「歌」に注ぐ眼差しの違い 10

    折坂悠太とカネコアヤノの再会の記録 「歌」に注ぐ眼差しの違い