折坂悠太と同時代を生きてるということの「特別」に寄せて。マヒト、最果タヒ、鈴木みのりが綴る

パルコのコーポレートメッセージ「SPECIAL IN YOU.」の第19弾広告に、音楽家の折坂悠太が起用された。

「君も、特別。」というコピーに添えられた「世界中でたった一人にしかない特別な才能を誰もが持っている」という言葉。パルコは現在、才能を発掘・応援する活動によりいっそう力を入れている。

才能とは? 折坂悠太はそう問われて、「自ら取り組んでいることにわかりやすいゴールがないことを、わかっていること」と答える。自らの持つ才能をそのように認識しているのだとしたら、折坂自身はどんなことに向き合いながら音楽を生み出しているのか。

ひとつ言えるのは、本人の望むと望まざるとにかかわらず、その歌が「時代」と呼べる何かを眼差し続けてきた、ということではないだろうか。ではその時代とは一体何か?

本稿では、詩人の最果タヒ、ライターの鈴木みのり、音楽家のマヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)の3人に、折坂悠太の特別さについて寄稿してもらった。書き方はそれぞれだが、3つの文章に目を通すと、折坂悠太の歌が描きとる「時代」と呼べるものの手触りが、不思議と浮かび上がってくるように思える。

折坂悠太の起用されたパルコ「SPECIAL IN YOU.」の動画

「同時代」を超えて

テキスト:最果タヒ

同時代を生きるミュージシャン、とはどういう存在だろう。それはその人が「共感できる気持ち」や「共有している風景」を歌うことなんかではなくて、何もわからないとしても、同じ時代を知っていると勘違いでもいいからこちらが思うこと。自分が見ていた、小学校からの帰り道の空の風景や、坂道に落ちる日差し、前を通る家からする香り、取り壊された家と残された石垣。その上にある雑草と小さな花。アスファルトの亀裂。テレビの音がする家に帰って、テレビのチャンネルを変える。足元に下ろしたランドセルの音。

そういうものを思い出すとき、それは自分の記憶を再生しているだけなんだ。決して同時代だと思う作家やミュージシャンと共通しているわけではない。でも他人と共有しようのない、歴史にもなることはない、思い出と語るほどでもない、記憶としか呼べない過去を安心して語り出せるような作品に触れたとき、「同時代に生まれた喜び」というものを感じる。折坂さんの音楽にはそういう瞬間がいくつもある。

折坂悠太『たむけ』(2016年)収録曲

それはもしかしたら「同時代」なんて言葉では本当はくくってはいけないのかもしれない。もっと当たり前のこと、お互いが生きていること。それぞれに何十年もの人生があること。その人生に語る価値があるかとか成功があるかとかそんなのはどうでもよくて、ただ互いに人生があることを、その重たさにちゃんと触れて、わかっている時間が生まれるとき、私は作品を通じて自分の語る必要もなかった過去を思い出す。そうして、その過去を囲んでいた「時代」を思い出す。文化や環境を思い出す。それらを飛び越えて音楽が会いに来た、と思う。

時代や、国境や、バックグラウンドの違いを本当は飛び越える音楽で、それこそ、「同時代」という言葉と真逆のところにある音楽。それでも出会えた喜びのために、自分の今と過去を生き返らせてくれたような心地よさのために、それ自体への幸運を語るために「同時代」と言いたくなる音楽。それが折坂さんの音楽だと思う。

折坂悠太『平成』(2018年)収録曲

同じ時代を生きる同志へ

テキスト:鈴木みのり

折坂悠太とわたしの関係は、友達のイ・ランを介した場での出会いからはじまった。居合わせた5人でひとつの短歌をつくった。それから1年以上経ったロシアによるウクライナ侵攻の直後、折坂悠太も登壇した『No War 0305 Presented by 全感覚祭』の後の新宿の街角ではじめてオフラインで会った2か月後、火鍋を食べながらじっくり話した。

つまり、わたしにとって折坂悠太は、「発掘・応援」されるような「才能」の持ち主というより、友達としての側面が圧倒的に色濃い。

ちょうどその火鍋の日に、ある国政野党が性差別の文言を(おそらくそうと意識せずに)ホームページに掲載され、しかしその問題は真剣に考えられておらず、どころか、そんな状況がずっと続いていることにわたしはかなり気落ちしていた。ただの楽しい場にできず、話さざるをえなかったのだが、オリイ(あるいはオリ、オリちゃんとわたしは呼んでいる。友達だから)はちゃんと聞いてくれた。

ウクライナもだけど、ミャンマーのクーデターとか、シリア難民とかウイグル族弾圧とか、苛烈な状況は他にもあるのにメディアはなんだか忘れてしまうね、みたいなことも話した気がする。雑談もたくさんして、「宇多田ヒカルの『コーチェラ』どうだった?」という話題は、「最高」「あんまり」とわたしたちの意見は食い違った(後者がわたし)。この人は信頼できそうと思った。

それからすぐオリの展示『薮IN』が渋谷のPARCO MUSEUM TOKYOで開催され、観に行ったわたしは、よくわからなくなった。

幻惑的なサックスを奏でるサム・ゲンデルがゲストの“炎”のMV、イ・ヘジの這うチェロに導かれるランちゃんの韓国語ポエトリーリーディングがたゆたいながら胸を突く“윤슬(ユンスル)”のビジュアライザーなど、三方の壁に映像が映し出されてソニー製360 Reality Audioで歌を聴く小部屋からはじまり、塩田正幸と撮影に行ったという藪の中の折坂悠太の映像を使った展示、そして猪(「うり坊」という名前らしい。同展示の際に先行発売された折坂悠太初書籍『薮IN』掲載の、同名短編小説にも猪が出てくる)のちぎり絵と、その向こうに湿った土と草木の匂いがたちこめる藪の部屋。この人、歌手じゃなかったっけ?

その藪インスタレーションで行なわれたパフォーマンスも、歌ではなくノイズ音楽。猪の鳴き声のような環境音に意識を傾けながら、わたしは、猪鍋を食べた四国の母方の祖母の家の山奥を思い出しながら藪に横たわった、と伝えると「眠ってもよかった」とオリちゃんからの返事。わたしは自分ももっと開くべきだとなんだか思って、過去書いたものを送った。

その合評会と題されたDOMMUNEのイベントへの出演に声をかけられ、合評会というより歌手・折坂悠太の歴史をたどる本番中わたしはほとんど話すことなく、「なんで呼ばれたんやろ」と思って、終わった後にふたりでよく話した。同じ日本語を使いながら、わかったりわからなかったり、自他の違いのあいだでコミュニケーションをとれるのは、貴重な存在だと思う。

小説「薮IN」に登場する猪はオリちゃんだと思った、とわたしは言った。語り手の主人公・心也と姉の前に現れ向かってくる猪、心也に食べられる冷蔵便で届いた猪肉。butaji、サム・ゲンデル、イ・ランとイ・ヘジを招いたアルバム『心理』のこと含め、オリちゃんは外からの力を求めてるんやろか、だって<こんなに夜が明るいのに / 流れがどっちか わからないんです>(“윤슬”)、<何かがここを / 通り過ぎたみたいだね / 最後まで見通せない / とても大きな体で>(“鯨”)やしな、と、これはまだ本人には伝えてないわたしの勝手な妄想解釈です。自分ひとりじゃわからんことだらけやし怖いよね藪の中。

でもあなたは、名前もなく、藪に入っていきそうな気もする。歌を残して。

折坂悠太『心理』(2021年)収録曲

この雨のつづき

テキスト:マヒトゥ・ザ・ピーポー

何に急かされているのだろう? ゆっくりと日が沈んで、今日も気づかないくらいほんの少し、季節が前進する。飛び交う誹謗中傷罵詈雑言に耳を両の手で塞いでも、かたちを文字情報に置き換えたそれらは視界を滑空し、ふたつの目を塞ぎたくても手の数が足らない。吐かれたため息の上に雨粒が一滴落ちたところ。

ああ、今日も何もなかった。何もできなかった。だけどたしか、わたしはそこにいたはずだった。だがしかし証明する満足な術を未だ知らず、今宵の感傷もまたかたちを持てず虚無になる。探せ。探せ。タイムラインを流れる真っ白に修正された顔面、テーブルに広げられた夕食とパーティーの記念撮影、ピースサイン。今日はちゃんと満たされたよね? そうアピールするために偽造された記憶たちは時間に爪を立ててしがみついた形跡だ。俺はここだ。見つけてくれ。直視してくれ。強まる雨足にため息をまた一つ、鈍色のそれは重くもう風にもなれない。

折坂悠太『平成』(2018年)収録曲

「平成、疲れてた」

このキャッチはひどかった。わたしの生きた時間に不都合な輪郭を与えられた。知ってる。全部わかってる。でもそのことを違う希望に呼び換えるのがわたしの表現だ。否定したくも頷いて持ち上がらない下顎を拳で砕く。わたしがまとっていた石膏は砕け散りコンクリートの上で、バラバラになった。ガードレールの向こうの藪で水滴を受け止める葉は揺れ、その茎の周りで天道虫が忙しなく稼働させてきた足を休めてる。コンクリートからは火薬の匂いがしてマスクの奥でしっかりえずいた。

「この雨は続く」

そう、ずっと雨が降っているんだ。泥のように溶け出した体、横たわり眼光は虚空を睨んでいる。終わったのか? もうダメなのか? どこからか声が聞こえる。そんなわけないだろう。何かが胸の奥で疼いた。冷たい雨に溶け出した泥、でも疼いているそれはわずかだが熱を持ち脈打っている。

そうか、折坂悠太はそれを炎と呼んだのか。

火をくべよう? わたしは希望の話がしたい。

折坂悠太『心理』収録曲
プロジェクト情報
SPECIAL IN YOU.

君も、特別。
世界中でたった一人にしかない特別な才能を誰もが持っている。
解き放とう、あなたの中に眠るそのパワーを。
世の中を動かす新しい力のデビューを、パルコは全力で応援します。


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