レコード製造をもっとローリスクかつ手軽に。Qratesはインディペンデントな音楽家に何をもたらすか?

その気になれば、誰もが自作の音源を世界に向けて発信できる時代になった。

SNSや各種プラットフォームの充実が大きな後押しとなり、音源制作や配信、プロモーションに至るさまざまな業務を個人で行なうことは決して難しいことではなくなり、その結果、必ずしもすべての音楽家がメジャーレーベルからのリリースや大手プロダクションへの所属を目指す必要がなくなった、という認識も浸透している。

しかし、アナログレコードの制作に目を向けるとどうだろうか。自らの音源をレコードでリリースしたいミュージシャンにとって、さまざまなハードルが依然として存在している。プレス数はどのように確定させればいいのか、それをどのように流通させるのか、在庫の管理はどうすればいいのか……など、考えるべきことがいくつも存在し、また専門的な過程がいくつも存在するため、これをミュージシャンが個人で行なうのは簡単なことではない。

可能な限り手間をかけず、そしてできれば経済的なコストを抑え、売れ残りのリスクも回避し、欲しい人の手元に行き渡る適正な規模感でレコードをつくることはできないのか。

日本発のサービスとして2015年に誕生した「Qrates」はそんなミュージシャンの望みを現実のものにする。時代の変化に対応し、音楽家たちのニーズに応えるそのサービスの全容とビジョンについて、ライターの松永良平が取材した。

これからのレコード製造に革命をもたらすであろうプラットフォーム「Qrates」とは?

音楽メディアの主流がCDから配信に切り替わっていくなか、「フィジカル」としての魅力を再発見され、いまや新作のリリースは「配信」と「レコード」のみで、CDは制作しないというバンドやアーティストは珍しくない。

だが、インディペンデントな活動をするアーティストがレコードを制作するにあたって、現状さまざまな壁が立ちはだかっている。Qratesが提供しているのは、レコード製造にまつわる困難な事案の代行であり解決策だ。

Qratesのサービスにいち早く注目し、定期的に利用するようになったアーティストの一例には、世界的な人気バンドである、あのVulfpeck(※1)がいる。その経緯をCEOのBae Yong-Boはこう説明する。

Yong-Bo:Qrstesのメンバーの一人がアメリカで放送されている音楽ビジネス向けのポッドキャストに出演して、「クラウドファンディングで必要な分だけレコードをプレスできる」という話をしたところ、それをたまたまVulfpeckのメンバーが聞いていたみたいで。

Vulfpeckは現状の音楽業界の仕組みに疑問を投げかけ、独自の音楽ビジネス論を掲げていることで知られていますが(※2)、彼らがQratesを使ってくれたことをきっかけに、海外の意識の高いインディーズのバンドから注目されるようになり、少しずつですけどユーザーが増えていきました。

※1ロサンゼルスを拠点に活動する4人組ミニマルファンクバンド。2019年、大手レーベルとの契約なしにもかかわらず、マディソン・スクエア・ガーデンを満員にした。バンドの目標に「持続可能であること」を掲げている / Dr.ファンクシッテルー『サステナブル・ファンク・バンド: どこよりも詳しいVulfpeckファンブック』参照(関連リンクを開く

※2Vulfpeckは2014年、全曲が無音のトラックから構成されたアルバム『Sleepify』を「寝ている最中にループ再生してほしい」という呼びかけとともにSpotifyからリリース。結果、バンドは無料ライブツアーの資金として2万ドル以上の収入を得た。この一連の出来事は、Spotifyがアーティストに支払うロイヤリティーの算出モデルを逆手に取ったアクションとして話題となった

VulfpeckがはじめてQratesを用いてレコードリリースを行なった『Hill Climber』(2018年)収録曲

Yong-Bo:あと、アーティストやクリエイターがパトロンを募る世界的なプラットフォーム「Patreon」(※)の創業者でCEOのジャック・コンテも、自身のメインプロジェクトでQratesを利用してくれています。

彼のように現代のテクノロジーを駆使しながらインディペンデントアーティストとして活躍し、さらに次世代のさまざまなジャンルのクリエイターたちに多大な影響を与える人が選んでくれたツールである、ということは我々にとっても誇りに思っています。

※ミュージシャンでYouTuberとして生計を立てていたジャック・コンテが既存のプラットフォームの変化による収入の不安定さに不安を持ち、友人とともに立ち上げた会社。2013年の設立以来、世界中のさまざまなジャンルのクリエイターが手軽にパトロンを募ることができるサービスとして急成長。2020年には投資家から9000万ドルの資金調達を行い、その価値が12億ドル以上になるユニコーン企業として一躍有名になった

Yong-Bo:アーティストもそうですけど、ネットを上手に活用している人たちがQratesの使い方を一番よくわかっていると感じます。Kickstarterの元CEOもQratesを発見してくれて、業務提携を結んだこともありました。

Kickstarterの音楽関係のプロジェクトでは、レコードがリワードとなることがよくあるんですけど、インディーアーティストが実際にどうやってレコードをつくればいいか、というところでつまずくケースが多かったらしいんです。

工場に話を持っていったら「そんな小ロットじゃつくれない」とか「納品は数か月先になる」と言われたりする。そういった問題もQratesが製造の部分のパートナーになって一緒にやって解決しましょうという事例も実際にありました。

「レコードつくるのって超大変じゃん」をひっくり返すQratesのソリューション

VulfpeckやGinger Rootらを筆頭に、インディペンデントに活動する音楽家たちの現代的なニーズを満たすサービスとして注目を集めるQratesは、2023年2月、日本での本格ローンチを果たした。日本発のサービスとして都内に自社のカッティングスタジオを設立し、国内アーティストの活用してもらうための万全の環境が整いつつある。

Yong-Bo:2015年の事業スタートから8年経って、サービスも安定してきました。じつは2018年にカッティングマシンを購入し、自社スタジオ「Wolfpack」でカッティングをする準備を進めているところなんです。

やっぱり海外の会社とのやりとりでは、ぼくらもあいだに入って話をするだけなので限界がある。自分たちでカッティングスタジオを持ってないと最終的にアーティストの方々に納得してもらえる音はできないだろうと考えていました。

そういったところもありつつ、世界にアピールしていくときに、「日本のクオリティーでレコードをつくれる」というところを我々のブランドであり、価値にしていきたいなと思っています。

実際にQratesでレコードを製造するにあたり、自社スタジオでのカッティングをサービスに落とし込めるようになるのは、少し先の話になるというが、その前向きな流れも受けて、日本語サイトがローンチ。「日本のサービスとしてちゃんと声をあげて、日本でもちゃんと根を生やしていく」という前向きな姿勢を示している。

Qratesには国内向けのプロモーション、アーティストとのダイレクトな関係性の構築にあたるスタッフとして、DJ、ミュージシャンの「PLASTICMAI」としても活動するMaiがいる。彼女はインディーシーンで活動するアーティストたちの実情や苦労をよく知る人物でもある。

Mai:まずは、日本語でのローンチに併せて私たちのサービスそのものや、利用してくれるアーティストの可能性をわかりやすく説明することが大事ですよね。

「クラウドファンディングでレコードをつくれる」ということに限らず、サイト上から簡単に自動で見積もりができる手軽さ、国内外のお客さんやレコード店に対する充実したカスタマーサポートはQratesの大きな強みです。さらに実際の製作過程でも、サイトのダッシュボードを通じて担当スタッフの丁寧なガイドのもと進めることができます。

本来はハードルの高いレコード製造において、Qratesは非常に画期的なサービスだと思います。インディーで活動している人たちには「レコードつくるのって超大変じゃん」と思わずに、「こんなに簡単にできるんだ」ということを知ってほしい。

Mai:あと、ひとりでレコードをつくるときにどうしても乗り越えないといけない在庫の保管場所の問題や発送の問題もQratesが解決します。

アメリカのMagic City Hippiesというバンドの事例なんですけど、彼らもやっぱり発送作業を超大変に感じていて。ツアーをたくさんしているバンドなので、自分たちで発送している暇がない。

自主制作をしているとどうしても制作費の予算ばかりに気をとられて、実質的にできあがった商品をどこに保管してどうやって発送するかまで考えきれていないインディーのアーティストって結構たくさんいるんですよね。

彼らはQratesの仕組みを上手に利用して限定盤の初回プレスをクラウドファンディグで売り切ったあと、今度は別の色で即再プレスをすることで両方の稀少価値を高めてファンとのエンゲージングを図っていました。

Yong-Bo:自宅に何箱も届くのは嫌ですし、売れるたびに自分で発送するっていうのは非現実的ですよね。我々はUKとアメリカと日本の3つの拠点にストレージを持っているので、それぞれのプロジェクトにおいて顧客ベースがもっとも多い拠点を選んでもらい、そこに無料で保管することができます。さらに各オーダーはすべてこのストレージから自動発送されるんです。

こういったレコード製造にまつわるあらゆる業務を請け負うサービスとして、Qratesを形づくっていきたいなと思っています。さらにBandcampのAPIを使って連携させることで、Bandcampで売れた分も我々の倉庫から自動発送させることが可能なシステムも現在構築中です(現状でもマニュアル作業で対応可能)。

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Qratesがレコード製造の先で切り拓く、音楽家とファンが直接つながれる時代の音楽活動の可能性

話を聞いていると、Qratesのサービスにはアーティストが単に自分の望みどおりにレコードを製造できる、ということ以上の価値を利用者に提供しようとする姿勢が見えてくる。

つまりQratesを使うことで、レコードというメディアを通じてより深く、そして直接的にファンとつながり、活動の規模を拡げていくことを可能にし、さらにはレコード製造にまつわる雑事から音楽家を解放して音楽制作により集中できようにするーー日本のインディーアーティストたちにもそこを知ってほしいという思いがYong-BoやMaiには強い。

Mai:「売れる」ということには、世の中に自分をどうアピールするかっていう「自己プロデュース力」も関係していると思うんですけど、そこを考え直すきっかけとして、Qratesのサイト内には、「Artist Toolkit」っていうアーティスト向けの自己表現や制作のコツなどを書いてあるページも用意しています。

読んでもらえると、自分がどうしていまいち頭ひとつ抜けきれなかったのかとか、音楽活動をするあたっての悩みや課題にあらためて向き合えるんじゃないかなと思います。

Yong-Bo:Qratesを使って上手く拡大していっている人たちは、別にInstagramの広告を買ってプロモーションしているわけじゃないんですよね。Vulfpeckを含めて、質が高く、ユニークでおもしろいコンテンツを生み出しながら、ファンとダイレクトにコミュニケーションしているんです。

Vulfpeckも最初にうちを使ったころのプレス数は2000ぐらいだったのが、いまやこの3〜4年で、1タイトルで1万枚売れるぐらいにファンの規模が拡大しました。

音楽レーベルと契約することもステップとして重要なのかもしれないですけど、いまはこれだけ自分たちが発信できるツールが揃っているわけじゃないですか。海外ではツールやプラットフォームを上手く活用して活動しているアーティストがどんどん出てきている。これからの時代にフィットした音楽活動を考えるヒントは、Qratesを使っているアーティストからも見いだせるんじゃないかなと思います。

Yong-Bo:YouTubeやSNSを主戦力にしているアーティストたちは、レーベルやディストリビューターといった既存の中間業者を通さずに自分で制作したレコードを直接ファンに販売することができるので、1枚あたりの利益率を既存のルートの何倍にもできるんです。

そう考えると、少ない量でも工夫次第では十分利益が出るシステムを構築することが可能になるはずなんです。これはやっぱりD2Cにおける一番のメリット。D2Cビジネスの考え方と関連したところでお話しすると、「売り切れたレコードを再発してほしい」というリクエストもQratesのページからアーティストへかけることもできます。

たとえば、その要望の数が100人に達したらアーティストに連絡して、「リプレスして倉庫に補充しましょう」と提案することも機能としてできる。受注〜生産のより完全なる形を目指したいんです。アーティストからするとビジネスの機会損失がないように、つねに必要な在庫が倉庫にあって、売れるたびに自動的に発送されるということが、新譜・旧譜関係なくできる仕組みができつつあります。

ひととおり話を聞き終えたあと、現在準備中のカッティングスタジオ「Wolfpack」へと移動した。そこに鎮座していたカッティングマシンは、Neumann社の名機VNS-70。現行機はもはや存在せず、中古品を購入。その時点で動作不良があったため4年にわたる修理を重ね、納得のいく水準に達しつつある。

テクニカルディレクター木村隆司は修理に関する途方もない苦労話を語りながら、最後にラッカー盤(プレス用のメタルマスターの元になるディスク)を実際にカッティングして見せてくれた。このマシンは夢を刻んでいるのだなと感じた。

カッティングスタジオ「Wolfpack」でのカッティングの様子

レコード製造にまつわるあらゆる業務を請け負うQratesは、ミュージシャンそれぞれの活動の規模に見合ったレコードづくりを実現するサービスでもある。

それがBae Yong-Boの話にもあがったBandcampのようなインディーアーティストに寄り添う体制、考えを持つグローバルなプラットフォームと結びつくことで、音楽活動のあり方の新たな選択肢が生まれ、音楽家が自身の小さな経済圏を構築することすらもより具体的に可能にしていくことだろう。真にインディペンデントなレコード制作の未来は、すぐそこまで来ているのかもしれない。

サービス情報
Qrates

レコードのデザインからオンデマンド製造、在庫管理にD2C販売、そして店舗への流通や発注作業まで、レコードビジネスにまつわるすべてのソリューションを提供するプラットフォーム。インディーズアーティストや音楽レーベルが直面するレコードビジネスの煩雑さやリスクを解決する世界初のプラットフォームとして2015年に誕生した。


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